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 百合人は、胸をときめかせながら橘に付いて行った。研究室、と言われると、嫌でも先週の出来事を思い出してしまう。まさかまた、同じ行為に及ぶつもりだろうか。緊張する一方で、期待する自分がいた。  橘は、百合人を先に部屋に通すと、静かにドアを閉めた。いよいよ心臓が高鳴るのを感じた百合人だったが、橘は意外にも真面目な表情で振り返った。 「この一週間、どうだった?」 「ええ!? ええと……」  毎晩の行為を見透かされた気がして、百合人は真っ赤になった。だが橘は、眉をひそめた。 「まさかあの男、また現れた?」  何だ、と百合人は胸をなで下ろした。橘は、ユウイチのことを心配してくれていたのか。同時に、いやらしいことを想像した自分が恥ずかしくなる。 「いえ、大丈夫です」 「それならよかった」  橘は、安堵の表情を浮かべた。 「あの後速やかに大学に報告して、不審者情報ということで共有したからね。図書館にも、外部の人間に駐車場を貸す場合のルールを、厳しくしてもらう予定だ。とはいえ、油断はしないで。あまり帰りが遅くならないように」 「はい、ありがとうございます」  百合人は、神妙に礼を述べた。 「わざわざ来てもらってすまなかったね。でも、人に聞かれるとまずいと思ったから。話はそれだけだ」  橘が、にっこり笑う。百合人は、拍子抜けするのを感じた。てっきり、先週の行為に話が及ぶかと思ったのに。橘は、何事もなかった様子だ。やはり彼にとっては、取るに足りない出来事だったのだろうか……。  話が終わった以上、さっさと退出しなければいけない。それなのに百合人は、その場に立ち尽くして動けずにいた。忙しい橘の邪魔をしてはいけない。わかっているのに……。 「……はぁ」   不意に、橘がため息をつく。百合人は、はっとした。帰ろうとしない百合人に焦れたのだろうか。だが橘は、意外な台詞を発した。 「そんな顔しないで。今日は我慢しようと思ったのに、できなくなりそうだ」

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