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 百合人は、耳を疑った。  ――今、何て? 我慢……?  橘は、百合人に一歩近づくと、頬を撫でた。 「そんな目で見つめられたら、僕もたまらないよ。もしかして、誘ってる?」 「誘……!? い、いえ……」 「ああ、無自覚? なおさらタチが悪いな。さっきの講義中だって、ずっと赤い顔をして、そわそわしてたでしょう」  ――気づいてたんだ。  百合人の方なんて、全然見ていない様子だったのに。橘は、相変わらず優しい手つきで、百合人の頬を撫でている。心拍数が上がるのを感じた百合人だったが、橘は唐突にパッと手を離した。 「ごめんね、触ったりして。でも、花岡君が悪いんだよ。そんな風に僕を見るから」 「い……、いえ!」  橘は、百合人が嫌がっていると誤解したらしい。百合人は、あわてた。 「その……、橘先生に触られるの、嫌じゃないです。むしろ、嬉しいっていうか……。でも僕、正直混乱してるんです。この前みたいなことって、初めてだったから……。先生のことは尊敬していますけど、これが恋なのかもよくわからなくて。それなのに触られたいなんて、変ですよね……」  次の瞬間、百合人は橘に抱き寄せられていた。広い胸に抱かれて、百合人は動揺した。 「花岡君は、本当に可愛いね」  くすくす、という笑い声が降ってきた。どうやら橘の機嫌は、悪くなさそうである。 「そんなに堅苦しくならなくて、いいんだよ。体から始まる恋、なんて言葉があるだろう? 最初はよくわからなくても、体を重ねるうちに気持ちに気づけることもある。無理に手順を踏まなくたっていいんだ」  目からうろこが落ちたようだった。橘は、そんな百合人の顎をくいととらえると、上向かせた。 「で? 僕に触られたい、そう言ったよね?」 「それは……、はい」  百合人は、消え入りそうな声で答えた。橘は満足そうにうなずくと、つかつかとドアに近づいた。カチリ、という施錠の音が響く。

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