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 研究室を出た後も、百合人の頭の中は橘でいっぱいだった。  ――橘先生が、好きだ。  百合人は、確信していた。体を重ねるうちに気持ちに気づけることもある、と彼は言っていたが、まさにそうだった。何度でも橘に抱かれたいと思うし、彼の喜ぶことなら、何でもしてあげたいとすら思えた。  その時、ふわりと目の前に男が舞い降りてきた。アポロンだった。 『お前、性懲りもなく恋をしているようだな』  アポロンが言う。前に見た学生風の服装ではなく、いつもの薄布姿だった。この姿の時は他の人間には見えないらしく、行き交う学生たちは、彼に気づかない様子だった。百合人も無視して行き過ぎようとしたが、アポロンはしつこく付いてくる。 『それも、この度はずいぶんと深入りしているようだ』  先ほどまでの行為がよみがえり、百合人はカッと頬を紅潮させた。  ――いや、神様なんだから、お見通しで当然だけど……。 「放っておいてください。そっちだって、恋人とイチャついてたじゃないですか」 『何だ、妬いているのか?』 「ばっ……、馬鹿言わないでください! 誰が、あなた相手に!」  思わず大声を出せば、周囲の学生たちが振り返った。百合人は、あわてて口をつぐんだ。 『あの者とはもう終わった』  アポロンはけろりと告げた後、百合人をじろりと見た。 『それにしてもお前、毎度同じような種類の男を好きになるものだな。静かな年上の男が好きなのか?』  その口調は、心なしか苛立っているように感じられ、百合人は戸惑った。 『見たところ、前回の男によく似ているが。結果も同じではあるまいな』 「僚介さんの時とは違います」  百合人は、語気荒く答えた。 「橘先生、付き合っている人はいないって。また会いたいって、連絡先も聞かれたんです。僕たちは、相思相愛です」 『相思相愛、とな』  アポロンが、ふっと笑う。その笑みに独特の意地悪さを感じて、百合人は嫌な予感がした。 『ではお前、あの男に一度でも好きと言われたか?』 「それは……」  反論しようとして、百合人ははっとした。橘の言動を思い出したのだ。 『僕と付き合えと強要するつもりはない』 『無理に手順を踏まなくたっていいんだ』  ――考えてみたら、僕、一度も好きと言われていない……?

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