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”
「こ、これは……」
声が震える。アポロンは平然と答えた。
『お前がさっきまでいた部屋の光景だ』
「僕は信じない!」
百合人はわめいた。これは、アポロンが見せたまやかしだ。そう思いたい。でも……。
――橘先生は、やたら時間を気にしていた。彼と会う約束があったから……?
『強情な奴よ』
アポロンはため息をつくと、さらに掌を近づけた。橘は浅野の服を脱がせながら、何やらささやいている。掌からは、その声までもがはっきりと聞こえてきた。
『金髪の彼とは別れたんだよね? じゃあ、構わないだろう?』
『はい、僕の方は』
まんざらでもなさそうに、浅野が答える。
『先生ったら、よく言いますよね。学びの場でそういうことをされるのは困る、だなんて……。あ、そういえば先生は、あの子と付き合ってるんじゃないんですか? ほら、他学部だけどギリシャ神話の講義を聴きに来ている子』
百合人は、ドキリとした。一体橘は、百合人のことをどう説明するつもりなのだろうか。すると、信じられない言葉が耳に飛び込んできた。
『付き合ってる? まさか。彼はただのペットさ。ペットは、何匹いてもいいからな。飽きたら、捨てるまでだし。……ああ、ペットは捨てたら罰せられるか。じゃあ彼は、ペット以下だ』
『あ、ひどい。じゃあ僕もペットですか? まあ、橘先生のペットならいっか……』
二人は、クスクス笑いながらじゃれあっている。百合人は即座に、踵を返していた。
『どこへ行く?』
アポロンが尋ねる。
「決まってるでしょう。自分の目で、真実を確かめに行くんです」
『ちょっと待て』
渋々振り返ると、アポロンは懐から何やら取り出した。よく見ると、それはむき出しの札束だった。
『これを、お前にやろう。前にいたピアノバーとやらを去る際にもらったものだ。要らないと言ったのだが、押し付けられてな。とはいえ、私に使い道はないゆえ。お前にやろう』
軽く数十万はある。気持ちが動かないでもないが、さすがに受け取るわけにはいかなかった。
「それはいただけません。アポロンさんが稼いだお金なんですから」
そう言い捨てて、百合人は走り出したのだった。
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