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「ぷっ」  不意に、橘が吹き出した。 「何ショック受けてるの? 君一人だ、なんていつ言った? 僕は嘘は言っていないよ。『特定の相手はいない』。こういうことをする相手なら、何人もいるけどね」 「で、でも……」 「大体、今さら純情ぶらないでくれるかな」  橘は、蔑むような眼差しで百合人を見た。 「ねだったのは、そっちだろう。触られたい、最後までしてくれ、ってすがったくせに。講義中だって、発情してますって顔しちゃってさ。ま、そうなるよう誘導したのは僕だけど」  げらげら、と笑われて顔が熱くなる。さっきまで動揺していた浅野も、一緒になってにやにやしていた。橘は、彼に向かって説明した。 「知っている? この子、ゲイ向けマッチングアプリで男を探してたんだ。そこで知り合った男にストーカーされててさ。それを助けてやったら、ころっと僕に騙された。それくらいで信用するとか、間抜けにも程があると思わないかい?」 「マッチングアプリィ? あり得ないなあ。先生、彼結構ビッチなんじゃないですか」  浅野が、大げさに目を丸くする。百合人は、呆然と立ち尽くしていた。  ――そんなことまでバラすなんて……。  橘は、百合人の方を向き直った。 「言っとくけど、助けたのは君のためじゃないからな。どうせなら、初めてをもらいたかったんだよ。君みたいなタイプは、初体験の相手には献身的に尽くすと踏んだからね……」  ぷつん、と何かが切れた。百合人は、橘の目を見すえた。 「それで、ペットに選んだんですか」  静かに尋ねれば、橘はぎょっとした顔をした。

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