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スーパーリア充とコミュ障
そうして特に問題もなく、一週間ほどが経過した。飼育は順調だ。二匹は毎日のように交尾を行っている。ただ、食が細いのが少々気がかりではあった。
二匹の食事は、政府が手配した高級料亭からのケータリングサービスが日に三度届く。寿司やフレンチなど、智也の収入ではまず食べる機会のなさそうな料理。それを二匹は、たいして面白くもなさそうな顔で、軽くつまむだけなのだった。
昼休み。智也は飼育員室で業務用パソコンに向かいつつ、持参の弁当を食べていた。卵焼きを口に運んで側のガラス窓に目をやると、昼寝中のアルバとブランがよく見える。
その時パソコンから、メールの着信を知らせる電子音が鳴った。その音を聞くが早いか、智也はメールを開く。そして――、
「はぁ……」
大きなため息と共に、デスクに突っ伏した。
メールは医療部からの業務連絡だ。二匹のうちΩ体であるアルバの、検査結果が記されている。今回の検査でアルバの妊娠は確認されなかった。
「ダメだったか……」
智也は肩を落とした。アルバたちが到着してすぐ交尾が確認できたので、案外簡単なのではと思ったが、それほど甘くはないようだ。
(まあ、そうすぐには無理か)
「塚田くん、メール来た?」
外へ出ていた柴崎が、コンビニ袋を手に飼育員室へ戻ってきた。
「あ、き、来たけど今回はダメでした……」
「そうか……」
柴崎は隣に並んだデスクの椅子を引き、腰かけるかと思いきや、
「塚田くん。気を落とさずにまた頑張ろ?」
と、気軽な掌を智也の肩に置いた。
「!!」
「あ、ごめん! 驚かせちゃった?」
ビクッと大きく反応した智也に、柴崎が困惑顔をする。智也は慌てて取り繕った。
「いっ、いえ! 大丈夫……!」
改めて近くで見ると、柴崎涼はものすごくきれいな顔立ちをしていた。切れ長の涼しげな瞳。女性のように滑らかな肌。品のある口元に、すっと伸びた鼻筋。そして端正な顔立ちにそぐわないほど、人当たりのよい微笑み。どこかの国の皇太子とでも言われたら、納得してしまいそうだ。
智也はそんな柴崎涼を見ていると、自分がひどくできの悪い人間だという事実を突きつけられているようで、へこんでしまう。
容姿に関してはまあ、仕方がないと諦めがつく。智也の顔は、とりあえず目と鼻と口がついてます、という以外に特筆すべきこともないが、ひどく醜いわけではない。素朴だが必要な機能を満たしているし、まあいいか、と智也は考えている。それよりも、自分のコミュ障ぶりと柴崎の、いわゆるリア充オーラとの対比が痛い。地味でボッチの智也は、それが悪いこととは思っていない。だが柴崎のような人を目の当たりにすると、なんだか責められている気がするのだ。むろん考えすぎだし、柴崎は何も悪くないのだが。
柴崎とはこれまで、業務上最低限必要な会話しか交わしていない。柴崎も智也の気質を察しているらしく、扱いあぐねているようだ。
そして智也は相手に気を使わせていることに罪悪感と劣等感をつのらせて、コミュ障ぶりが加速し、事態は悪化のループに入る。
「し、柴崎くん」
「ん?」
隣でガサガサとコンビニの袋を開けている柴崎に、智也は半ば義務感で話しかけた。
「昼はいつも社食なのに、今日は珍しいね」
「うん。検査結果が来るだろうと思って」
「そ、そっか」
「塚田くんはいつもお弁当だけど、もしかして自分で作ってるの?」
「う……ん」
「へえ! すごいな。俺は料理全然ダメで」
「そ、そう」
それで、会話は途切れてしまう。下手に話しかけてしまったので余計に沈黙が重い。智也は喋るのが苦手なくせに、沈黙もそれはそれで苦手なのだ。柴崎も今時の若者らしくスマホでも見るなりなんなりしてくれればいいのに、ただ黙々とおにぎりを食べている。
(う。なんか気まずい……)
その時だ。
「うわぁああっ!」
視線を感じてふと顔を上げた智也は、椅子から飛び上がった。アルバが寝室側からガラスにぴたりと張りついて、こちらを見ている。
「び、びっくりした……」
「アルバ? どうしたんだろう」
二人でアルバの視線を追うと、智也のデスクの上を見ているようだ。
「え?」
そこにあるのは、智也の弁当箱。
「……これ、見てるのかな」
智也と柴崎は怪訝な顔を見合わせ、弁当箱を持ってリビングに入っていった。アルバは寝室から駆け出してきて、キラキラした瞳で弁当箱を見つめている。
「食べたいの? ……はい、あーん」
卵焼きを口に入れてやった途端、ただでさえ大きなアルバの瞳がさらに大きく見開かれた。もぐもぐと美味しそうに食べるとすぐに、もっと、というように口を開ける。
「分かった分かった」
二切れ目をやろうとすると、柴崎が、いいことを思いついたという風に声を弾ませた。
「そうだ。みんなで一緒にお昼食べようよ」
「えっ」
コンビニ袋を取ってきてダイニングのテーブルに着くと、智也たちに手招きをする。
「ほら、おいで、アルバ。塚田くんも」
アルバは大急ぎでテーブルに走り、昼寝から起こされてしまったブランも寝ぼけ眼で寝室から出てきた。
結局アルバとブランは二匹で智也のおかずを平らげてしまった。唐揚げもかぼちゃの煮つけも気に入ったらしい。
(へえ。こういうものが好きなのか……)
智也が感心していると、
「はい」
柴崎がサンドイッチを智也の前に置いた。
「お昼、足りないでしょ。食べていいよ」
「い、いいよ! 柴崎くんのお昼が……」
「大丈夫。たまたま、ちょっと多めに買ったんだ。お菓子もあるよ」
袋からチョコレート菓子を取り出し、柴崎は笑ってみせた。
「で、でも」
「平気平気」
「それじゃ……。ありがとう」
智也はおずおずとサンドイッチに手をつけた。アルバたちはもう、チョコレートのパッケージに目が釘付けだ。
「お菓子も食べるかな」
柴崎が一つつまんで口に入れてやると、アルバは花が咲いたような笑顔を見せた。隣でおっかなびっくり見守っていたブランも、柴崎の顔を見上げておずおずと口を開ける。
「いつもほとんど食べないのにね」
食欲旺盛な二匹に、智也と柴崎は首を傾げた。
夕食時にはいつも通り、二匹ともあまり食べなかった。料亭からやって来る給仕は、さすがプロと言うべきか、表情ひとつ変えずに食べ残しを片付けて帰っていった。
そして、午後八時。二匹は交尾を終えて眠りにつき、飼育員の忙しい一日もようやく終わる。だが今日の智也は、通常より長い勤務時間の疲れも吹き飛んでしまう気分だった。
二匹の今夜の交尾が、一際激しかったのだ。いつもより丁寧で時間も長かった。
(これは、もしかして今日こそ)
智也は期待に胸を弾ませた。
「塚田くん、ちょっといい?」
「は、はいっ!?」
帰り支度をしていた智也は、慌てて顔を上げた。隣のデスクで柴崎がくすりと笑う。
(あ。笑われちゃった……)
「お疲れ。今日こそ成功してるといいな」
柴崎が言った。
「う、うん。でも、今日は期待できるかも。いつもより熱心だった気がする」
「そうだね。俺もそう思ったんだけど――」
柴崎は何やら思案顔で、ガラス窓にちらりと目をやった。
「あのさ、塚田くん」
柴崎は事務椅子を引いて智也に少し身体を近づけると、改まった口調で言った。
「俺、考えたんだけどさ。アルバたちには、ホルモンが足りてないんじゃないかな」
「えっ? ホルモン?」
「そう。アルバたちは、知的生命体の精神状態を感じ取るって話だったよね」
「う、うん」
愛情や友好などのポジティブな感情を察知すると、それが彼らの神経系に作用して、繁殖を促すホルモンが分泌される。そう聞いた。
「毎日あれだけ交尾してるのに、なかなか繁殖しないのは、そのホルモンがうまく分泌されてないからじゃないかな?」
「でも、今日は今までより――」
「そう! それ!」
柴崎はさらに身を乗り出した。
「今日の昼、ブランたちすごく楽しそうだったろ。それって、皆で仲良く食事をしたからじゃないかと思うんだ」
智也はハッとして柴崎の顔を見た。
皆で仲良く食事、つまりは友好的な感情だ。
「アルバたちは友好的な雰囲気を感じ取って、ホルモンが分泌された……、それで交尾に熱が入った、ってこと?」
「きっとそうだよ! だから俺たちがいつもああやって友好的にしていれば、繁殖が成功しやすくなるんじゃないかな!?」
柴崎は声のトーンを落とし、慎重に言葉を選ぶようにして智也に語りかけた。
「俺と塚田くんって同期なのに、今まであんまり交流がなかったし、一緒に担当になってからも必要なことしか話してないよね」
「う、うん」
「どうかな。試しに――、俺たちの間でもう少し親交を深めてみる、っていうのは?」
「う……っ」
(無理です!)
この、スーパーリア充の、柴崎くんと。親交を深める。無理に決まっている。しかしこの流れで嫌と言えるはずもない。
「い、いい考え……かも……ね?」
「塚田くんもそう思う!?」
柴崎は、ぱぁっと顔を輝かせた。
「じゃあとりあえず、これからは柴崎じゃなくて涼って呼んでよ!」
「へ、へっ?」
「俺も……智也って呼んでいいかな?」
遠慮がちに聞かれ、智也は条件反射で頷く。
「こっ、光栄です!!」
柴崎は屈託なく笑った。
「智也って――、なんか面白いね」
「いや! そ、そんな!! 僕なんて……!」
事態は智也のキャパシティを超えた。何か話し続ける柴崎の声が遠くに聞こえる。
「ちょっと涼って呼んでみてよ?」
柴崎が小首を傾げ、微笑みかけてくる。しかし智也は勢いよく椅子から立ち上がった。
「しば――、え、えっと、その、とりあえず明日からってことでいいかな!?」
「えっ?」
「今日はこれで失礼します!!」
「ちょ、智也!?」
唖然とする柴崎を残し、智也は駆け足で飼育員室を後にした。
「どうしよう……」
帰宅した智也は頭を抱えていた。
事態は深刻だ。夕食を食べながら眺めるテレビも、ろくに頭に入ってこない。
柴崎くんと親交を深める。それはつまり、ああいったリア充的技術を身につけるということに他ならない。が。
(それができるなら、始めからこんな陰キャになってないよ!!)
人には向き不向きというものがあるのだ。
かといって、気を使ってくれた柴崎の提案をむげにはできない。大きなため息をついた智也だったが、テレビから聞こえてきたCMの音声にはっと顔を上げた。以前から公開を待ちわびていた、好きな監督の新作映画だ。
「あ、来週からだ」
智也は深刻な問題を束の間忘れ、予告に見入った。新作はバディもののアクション映画らしい。性格も何もかも違い反発し合う二人のFBI捜査官が、共に困難を乗り越えるうちに互いへの理解と友情が芽生え、最後には凶悪事件の犯人を追いつめる、という内容だ。
(映画なら、こうやってうまく話が運ぶのにな……)
その時だ。素晴らしいアイデアが閃いた。
智也は急いで夕食を片付けると、部屋のあちこちの引き出しを探り、未使用のノートを見つけ出した。そしてテーブルに向かい、何やら熱心に書き物を始めた。
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