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アドリブ不可

 昼食を終えると二匹はお昼寝の時間なので、智也たちはその間に手分けして、展示スペースの掃除と雑用を片付けた。昼寝の後は部屋で過ごすので、二匹が退屈しないよう遊んでやったり、身体のケアをしたり、信頼関係を築くためのコミュニケーションを取る。担当動物との触れ合いは飼育員の醍醐味だ。  涼は毛足の長いブランの尻尾にブラシをかけながら、台本通りに二人の仲良しぶりをアピールする会話をしてくれた。 「『智也はさ~、彼女とかいるの?』」 「『いたら、涼とばっかり遊んでないよ~!!』」 「『だよな~(笑)』」 「『そういう、りょ、涼はどうなの?』」  セリフが噛み噛みなのはまあ仕方ないと、智也は自分に及第点をつける。それにひきかえ涼の演技は自然だ。 「『俺だっているわけないだろ』」 (アッしまった! 台本とはいえ、これって柴崎くんにちょっと失礼じゃないか!?)  ちらりと表情をうかがったが、気分を害したようには見えず、智也は安堵した。 (彼女くらい、いるに決まってるよね……) 「うー」  つい手元が疎かになった智也に、アルバが唇を尖らせる。毛足の短いアルバはほとんどブラシの必要がないので、智也は代わりにマッサージをしてやっていた。同時に、運動の時間に擦り傷などを作っていないかチェックする。 「あ、ごめんごめんアルバ」  苦笑いし、智也はふわふわした頭を撫でた。アルバは心地よさそうに目を閉じる。 (可愛い……) 「俺はさ、」  ふいに、涼が言った。 「智也といるのが楽しいから、彼女なんて別にいらないな」 「んブっ!」  変な声が出た。 (アドリブは、ダメ、です!!)  目で訴えると、涼はブランたちに見られないよう、悪戯っぽく笑った。 「う、う……、えと、その」 (まずい。どうしよ。なんか仲良しっぽいこと言わないと!)  その時だ。天気がよいので開け放してあった窓から、強い風が部屋に吹き込んだ。二匹の目線が宙を追う。見れば風に運ばれてきた、早咲きの桜の花びらだ。 「桜だよ、アルバ。ほら」  涼は二匹を窓のところへ連れてゆく。  ここ上山動物園は、上山森林公園という大きな自然公園の中にある。公園は桜の名所としても有名で、満開の時期には大勢の花見客が訪れる。今年もじきに賑わい始めるだろう。  二匹はぽかんと口を開け、桃色に色づき始めた樹々を見つめた。 「まだ三分咲き、ってとこだね」  涼が、宙を舞う花びらをそっと掌で捉えた。  二匹は並んで手を繋ぎ、うっすらとした花霞に見入る。その後ろ姿が、なんとも微笑ましい。 (リア獣……)  智也の手にふと、暖かいものが触れた。 (ん?) 「!!」  隣に立つ涼の指先が、智也の掌に触れている。 (え? えっ?)  反応できずにいるうちに、指先はじりじりと動き、やがて手を繋がれてしまった。慌てて顔を上げると、涼はもう片方の手で唇に指を当て、しぃ、という身振りをしてみせた。 「仲良しアピール」  智也にそっと耳打ちする。 「でっ、でも、こんなの台本にな――」 「これなら喋る必要ないし、平気かなって」  智也はただ、口をぱくぱくと動かした。アルバがちらりとこちらを見る。 「ほら、見てる。このままでいよう」  しばらくしてアルバたちが窓から離れると、智也もようやく解放された。それまで智也は、身動きひとつできなかった。  二匹の相手をしているうちに、気づけばもう夕刻だ。智也は顔を上げて壁の時計を見た。 (そろそろ夕食の準備を始めないと) 「あ、そろそろ夕飯の支度しないとな」  その声に涼の方を見ると、同じように時計を見上げていた。 (あっ) 「智也。夕飯、何にする?」 「か、考えてなかった……」  急に食事係をすることになったし、毎食の献立を考えるというのは意外に難しいものだ。 「食材は電話で頼めるんだよね?」 「う、うん」 既に、高級食材を扱う近場のスーパーマーケットに手配がされている。  二人が立ち上がると、ブランは涼の服を引いて遊んでアピールをした。 「ちょ、ブラン。ご飯の支度をしなきゃいけないんだよ」  涼は苦笑いしてブランの頭を撫でた。 (涼は……本当に誰にでも好かれるんだな)  智也は少しだけ、寂しいような気になる。 「涼。僕が支度するから、遊んでやりなよ」 「でも、智也だけに任せるわけには――」 「平気だよ。僕は裏方の仕事が向いてるし」 「ん……」  涼が微かに眉を寄せた気がした。 (しまった。なんか嫌味っぽかった!?) 「そうだ!」  だが涼は、明るい顔で智也に向き直る。 「夕飯は鍋にしない? それなら皆で手分けして準備できるし」  食材が届くと、智也は魚を切り分け、涼が鍋を用意した。アルバたちに白菜をちぎる仕事を与えると、二匹は真剣な表情で取り組んだ。  手分けしてやったので、支度はすぐにできた。皆で揃って食卓につき、鍋を囲む。 「はい、ブラン。あーん」  涼が豆腐をふうふうしてやると、ブランはおっかなびっくり口を開けた。だが豆腐は口に合ったらしく、一口食べてにこにこと笑う。 「アルバ、白菜だよ。あーん」  智也もアルバに食べさせてやった。 「鍋にして正解だったね。こうやって皆で仲良く食べられるし」  涼が自分も食べながら微笑んだ。 「う、うん」 (そうだな。涼、うまいこと考える……) 「あー……」  アルバが涼の真似をして、スプーンで豆腐をすくい、ブランに差し出した。 「あ~」 「あ~」  ブランと一緒に自分も口を開けるアルバを見て、二人は吹き出した。 「ほんと、アルバとブランは仲良しだな。……羨ましいね」  涼の言葉に、智也はふと箸を止めた。 (ん? ……仲良し?) 「あーぅ」 「あー」  涼は目を細め、あーんをする二匹を眺めている。 (こ、この流れは!?)  今日一日、涼は繁殖を成功させるための仲良しアピールを、とても頑張ってくれていた。台本を活用するばかりか、台本にないアドリブまで挑戦してくれた。何かと智也を気づかい、挙げ句の果ては手まで繋いでくれたのだ。  そして今、目の前で、アルバとブランが「仲良く」あーんをしている。智也はニンジンを箸でつまんだまま、固まってしまった。  涼を見ると、目が合った。 (これはまさか!? いや、でもそんな!)  向かいに座る涼が、少し椅子を引く。 (やっぱりする気なの!? 『あーん』を!?)  智也の身体に緊張が走る。だが――、 (涼が、僕なんかを相手にここまで頑張ってくれてるんだ……。協力しなきゃ!)  顔が見えると恥ずかしくてとても無理なので、智也は目を瞑ってゆっくりと口を開けた。 「あ、あ~~ん……」  しばらく間があった。 「ん?」  目を開けると、涼は戸惑ったような表情で智也を見つめている。 (ハッ!! しまった!!)  智也は自分の勘違いに気づき、耳まで赤くなった。 (僕があーんを「する側」だったのか!!)  焦ってスプーンを手に取ろうとした時、涼が一足早く、智也の失敗をカバーしてくれた。 「はい、智也。あーん」  お麩をすくって智也の口元へ運ぶ。智也はホッとして口を開けた。 「あーん」  つゆの染みたお麩が旨い。 (ありがとう、涼……。助かった)  そして一日の終わりは、交尾の観察だ。 「ふぁ、あ、ぅ……」  ブランがアルバの性器を、小さな舌でペロペロと舐める。 「はひ、ぅ、う」 (頑張れ……! ブラン!) 「ひぁん、ハウゥ……」  アルバが身を捩るとブランがのしかかり、いよいよ挿入だ。 「うぁ、あ、あぅ、あッ、ぁ」 「ん、くっ」 「あっ、あ!」  ブランは体重をかけてアルバの中へ進んでいきながら指先を伸ばし、ピンク色の可愛い性器を優しく扱く。アルバはそうされるのが好きらしい。ひくひくと身体を震わせて、快感を伝えようとするかのように両腕を伸ばし、ブランの首筋にしがみついている。 「はぁッ、あ、あ!」 「んッ、あぁ――!」 (よし、いいぞ! 二匹ともその調子!!) 「ふぁ、あ、あ……っ」 「あふ、はッ、あ……あ……」 (やっぱり、前よりいい感じかも!)  嬉しくなった智也は、隣で観察記録を取る涼にくるりと振り向いた。 「涼。これは今日こそ期待でき――えっ?」  涼の真っ赤な顔がそこにあった。 「涼! ど、どうしたの。顔が赤いよ。体調悪いの!?」 「えっ、い、いや、なんともないよ」  涼は焦ったように答える。 「だけど、風邪でも引いたんじゃ」 「違うって」  涼はもじもじと身じろぎした。 「その……。なんかさ、あんなの見てると、こう……、照れるっていうか」 「……へっ?」  智也が察するまで、数秒かかった。 「な、なっ、ん!? へっ!? ふぁ!?」 「なんか、変な感覚だよな」  涼は照れ笑いしたが、なぜか妙に爽やかだ。 (どうして僕の方が動揺してるの!?) 「いや、変なこと考えてる場合じゃないよな! 俺たちは繁殖を成功させなきゃ」 「そっ、そうだねっ! 頑張ろう!」  二人はどこかぎこちなく、頷き合った。

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