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第7話 ※

「まあいいか。ヤろう。シてみれば違うかもしれない」 「はぁ?」 「酒も入ってることだしさ。なぁ憐ちゃんお願い。気持ち良くするって約束するから」  頭を下げて必死に頼み込むと、憐は呆れきったような、うんざりとした顔をした。  そうでもしなければ柳がしつこいことはもうわかっている。 「まあ……いいよ。それで義之が満足するなら」 「マジ!? マジマジマジ、大マジ!?」 「うるさい。早く済ませて」  柳は大喜びで下着ごとズボンをがばっと下ろした。憐とは正反対に腹まで反ってしまうほど勃起していて、我慢汁まで溢れている。  一方、二人してベッドに入りながらウキウキで憐の服を脱がせていくが、やはり彼の身体はアルコールがなければひんやりしていて、当然勃起どころかセックスの準備は整っていない。 「……ちょっと、どうして僕ばかり服脱がされる訳? しかも義之は下半身以外脱いでないよね。それって不公平だと思わない」 「あぁ? そりゃ……まあ……オレだって人間なんだからよ、別に……隠したいことの一つや二つくれぇあるだろ」 「それなのに他人には言いたくないことまで聞いてくるんだ」 「…………」 「……卑怯な人間。迷惑だよ」  そこまで言われるとムッとせずにはいられない。  柳は渋々シャツを脱ぎ、上半身をさらした。そして、背中を見せつける。そこには、立派な柳の木と虎が彫られていた。 「……ほら見せたぞ。こういうこと」 「はぁ……。なんだ。なにこれ。タトゥー?」 「はあぁ!? 冗談キツイぜお前、あんなチンピラふぜいがやるモンと一緒にするんじゃねぇよ、これは立派に漢の道を極める為にこのオレ様が耐え忍んで刻んだそれはそれは高尚なものなんだぞ」  そうは言っても、他人より過度に痛みに弱いというよりは、単純に苦痛が嫌な柳はあろうことか麻酔をかけつつ彫らせたものだが、それはさすがに言う必要はない。 「極める……。……あ。義之ってそういう人?」 「今さらかよ!」  そこで憐はようやく柳の素性に気付いたようだった。  だが、だからと言って特に驚いてはいないようだった。それに極道を前にした反応と言い、やはり世間の常識からやや外れているような気がする。 「えーと……それってなにか所属とかあるの。そういう世界のこと、全然知らないから」 「……黒瀧組の直系団体。オレはまだ若ぇから下っ端だけどよ、親父が組長でな。お袋は元ホステス、一番上の兄貴もヤクザ、二番目の兄貴はホスト、で、末っ子がオレ。言っとくけどサツにチクるんじゃねぇぞ」 「黒瀧組……ってニュースなんかでよく見かけるアレ? ってことは……その見かけでも意外と将来有望なんだ」 「うっせぇな、そういう問題じゃ……まあいいや。チッ、オレ自身のことはもう語っただろ。ほーら、これで隠し事してるのはお前だけになった。お? どうするよ憐ちゃん? んん?」 「……うん。そう……だね」  憐は気まずそうに布団を被った。  柳ももうここまでくると熱い気持ちも萎えてしまったので、黙って寄り添って話を聞いてやることにした。憐はぽつぽつと出生を語り始めた。 「僕の両親は……僕ができたから結婚したんだ。でもまあ、その頃には既にあまり上手くいってなくてさ、僕の性格や教育方針で反発し合うことが多かったみたい。二人とも、僕さえできなかったら、いずれ喧嘩別れでもしてもっと早くに結ばれないことがわかっただろうにね。だから僕は女性と結婚する気はないし、子供を作る気も一切ない。……両親は未だに生産性がないだの、人間として何かが欠落しているだのと責めてくるけどね。子供は親を選べないのに、僕にそんな責任持てる訳がない。それに、誰かに、しかも血の繋がった人間に僕みたいな思いをさせるのは御免だよ」  憐は泣きはしないものの、今まで見たことのないような寂しげな表情をしていた。  きっと憐が家庭で味わってきた、両親からの辛辣な態度などの様々なことは、柳でさえも容易く想像はできた。  柳は末っ子であるし、元より親の言うことなど聞かない手のかかる少年時代を送り、またゲイであることも公言しているため、家族を含む周囲は、もう好きなようにしろと放っておいてくれている。  だが憐のように厳格に育った身では、そのように責められても仕方のないことだろう。  柳は憐のうねった頭をわしゃわしゃ撫でてやった。 「なに。今日しなくていいの」 「いいよ。お前の過去闇深すぎてやる気なくした。つかマジでお前全然イクどころか感じる気さえしねぇからちょっと疲れた。眠ぃわ。このまま寝かせろ」 「そう。好きにすれば」  どことなく冷たく言って、憐は背を向けてしまった。  それにしても憐の不感症具合はいったい……ここまでくると精神的なものだろうか。こうなればクラブから媚薬でも持って来ようか……。  そうよこしまな考えは抱きつつも、きっと今まで誰にも言ったことのないであろう胸の内を打ち明けられて、柳には珍しく寝付きの悪い夜だった。  憐を落とそうと躍起になりすぎて、少し己のやり方というものを見失っている気がする。  我ながら、本気になりすぎたのかもしれない……。  なんだか、疲れた……。  もう憐には近づかない方がいいのか……うん、初めから相手は嫌がっていたのだからその方が清々されるかもしれない。  でも今の憐は? こんな風に家に上げてくれて、酒や飯も振る舞ってくれて、身体も好きにさせてくれて……多少なりとも自分のことを信頼してくれている。  それなのに突然去ってしまっていいんだろうか。  表面上は出さないかもしれないけど、例えばそれが友や知り合いであってもショックを受けることは明白だ。むしろ、さらに閉鎖的になってしまうかもしれない。  どうするべきか……いや……そもそもオレは、憐のことを、本音ではどう思っているんだろうか、それがきっと一番大事なことだ。  身体だけの都合のいい関係? そんな人間はいくらだっている。  というか、身体目当てならば不感症とわかった時点で手を引いているはずだ。それでも憐に会いたい何かがある。  初めて会った時に「単純に、話がしたくなった。憐のことをもっと知りたくなった」というのも決して嘘じゃない。そうでなければこんな風に固執していない。  ──オレってひょっとして憐のことが好きなんじゃないか?  どこか心の奥底で考えていたことを表に出してしまったら、柄にもなく顔から火が出そうに熱くなった。  でも憐はどう思っているんだろう。彼の思考はとてもじゃないが読めたものじゃない。  隣ですやすやと寝息を立てている憐を見つめていると、どうにも身体の火照りが止まらず、外に出て煙草を吸う。  それでも収まり切らなかったので、結局トイレで一人慰めた惨めな晩だった。

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