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キス
瀬崎大和は言った。俺の前に現れたのは、父親が仕組んだことではないと…。だったら、なんのために瀬崎は俺に近づいてきたんだろう? どれだけ考えても答えなんて見つからなくて、時間だけが過ぎていく。それでも瀬崎への気持ちが消えてしまうことはなくて、会いたい気持ちだけが募っていく。
「ほんっとにバカ…」
そんなことわかっていた。自分でもバカだって心底思っている。それでも止められない思いがあるんだと改めて思う。
会えるわけないとわかっているのに、毎日用事もないのにあの橋を通るのが日課になっていた。今だって、ふらりと少し離れたコンビニまで出かけて小さな袋を手に歩いている。袋の中には、ビールが一本とチーカマが一袋。別に飲みたいわけでもないのに、ただあの橋を通る理由が欲しいだけ。
「あっ…」
見間違えるわけのない人影が目に留まる。背筋がピンと伸びて、真っ直ぐに立っている。離れていてもわかるキレイな横顔に、俺の胸が騒ぎ出す。それなのに、素直になれない俺は、俯き加減で前を通り過ぎようとした。その腕がガシッと掴まれて、その場に立ち止まる。
「なんか用?」
「ちゃんと話がしたい」
「話すことなんて俺にはないけど…」
「僕にはある」
「勝手だな」
「それでも、話さなきゃならないから」
掴まれている手に、グッと力が入ったのを感じた。真剣なんだと思った俺は、ゆっくりと体を回転させる。
「聞くよ」
「ああ…」
握られていた腕が解放されて、感触だけが残っている。そこに自分の手を乗せると、俺は瀬崎に向き合った。
「家来る?」
その言葉に、瀬崎大和は静かに頷いた。
「でっ、話って?」
マンションのリビングで話を切り出した。
「まず、僕が真中聡弥、君の前に現れたのは、僕が会いたいと思ったからだ」
「なんで俺に?」
「社長がいつも嬉しそうに君の話をするんだ。本当に嬉しそうに…。この社長をこんな風に優しい表情にさせるのが、どんな奴か知りたいって思った」
「一体…、どんな顔して話してるんだか…」
「きっと、父親の顔だ。愛しい息子を思いながら自然と笑顔が溢れてくる」
「父さんが…?」
「そうだ。君は、本当に愛されている」
「そんなこと…」
なんで…、なんでそんなこと…。俺が愛されている? ずっと息が詰まりそうで苦しくて仕方なかったのに…。
「君がこれからのことをどうするつもりかは知らない。でも、きっと今までしてきたことに無駄なことなんて一つもないはずだから」
「どうしてそう思うの? 俺は、ずっとこんな生活から抜け出したいって思っていたのに…」
「僕にとって、無駄だったことなんて一つもなかったって今なら思えるから」
「えっ…?」
瀬崎大和は、曇りない優しい表情をしていた。嘘なんかじゃない。そう思った。
俺は、今ここで何をしているんだろう? 目の前のことから、ただ逃げているだけなんじゃないのか…。きっと、瀬崎はそのことに気づいている。
「一つだけ覚えていて欲しい。僕は、いつだって君の側にいる。何があっても真中聡弥、君を守るから」
「それは、俺が父さんの息子だから?」
「そうだ」
「はははっ、そうだよな…」
胸の奥がちくんとした。わかっているつもりなのに、返ってきた答えにショックを受けている自分がいる。もしも俺が父さんの息子じゃなかったとしたら…? そしたら俺たちは出会うことすらなかったの?
「瀬崎大和…」
「ん?」
俺の呼びかけに少しだけ目を大きくしてこっちを向いた瀬崎の腕を取って引き寄せると、そのまま唇を重ねた。
離れたはずの唇には、まだ感触が残っている。どうしてあんな行動をしたのか、自分でもわからない。だけど、気がついたらキスしていた。
瀬崎大和は、顔色一つ変えなかった。ただ、突き放すこともしなかった。
「なに、やってんだろ…」
一人になった部屋で残るのは、虚しさと唇の感触だけ…。そっと指をあてる…。胸がきゅっと苦しくなった。
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