4 / 101

第4話 高瀬

3月の終わりのずいぶんと温かい土曜の午前中。 今日はやたらと春先の独特な匂いがする。 部屋の中に居てもなお、そんな気がする。 ソファの上に体育すわりで、 どこかちんまりといった具合に座っている真乃斗くんは、 俯き加減にさっきから、明らかにかしこまって電話をしている。 電話をしているというより、電話を受けていると言った方がきっと正しい。 ーーん・・・わかってる・・ぅん・・・ーー 他人の電話を聞いてはいけないと思うが、聞こえてしまうのだから仕方がない。 それに俺が変に気を使ってこの部屋から出て行くことの方が、 真乃斗くんは気分を悪くする。 真乃斗くんは電話が好きじゃない。 相手の都合で 自分の時間が勝手に奪われるのがイヤなのだと言っていたのを覚えてる。 そんな真乃斗くんがかかってきた電話に出る相手は 俺の知る限り、俺以外では2人しか知らない。 一人はとても申し訳なさそうに。 もう一人はとても幸せそうに。 彼らの電話に出るのだ。 ダイニングの椅子に腰かけながら今日、2杯目になるコーヒーを一口飲んで、 なんとなく窓の外へ視線をやる。 良く晴れた春の青。 きっとまだまだその空気は冷たいのだろうけど、 それでもその色は、空気感は、まるで気持ちがよさそうに魅力的に映る。 真乃斗くんの電話が終わったら、 ランチは外に食べに行かないかと言ってみようと思っていると、 ようやく、その電話が終わったようだった。 「はぁ・・疲れる」 真乃斗くんはそう言いながら脱力すると、 携帯をテーブルに置いてソファに全身を預ける。 放り出されたジーパンの生地に覆われる細くて長い脚を、 無意識に見つめた。 「オトウサン、なんだって?」 「高瀬さんに迷惑かけてないかって」 いまのところ週に一度、土曜の午前中には必ず、 その人から電話が鳴る。 「いつもそれだね」 「いつもそれなの~」 「の~」を伸ばすように言いながら、 全身を大きく伸ばして細い手足を広げると、真乃斗くんは大きく息を吐く。 そうしてこちらを向くと、ぱっと明るい声で 「ねぇ、お昼、外にでない?」 と言うから、一瞬、思わず息を吸う。 「いいね。そうしよう」 笑顔で言えば、真乃斗くんはきっとそう言うと思ってたっていう、 どちらかといえば無表情な顔をして、あっけなく視線を外す。 それでも俺はこういう瞬間、とても静かに全身で喜びをかみしめている。 慌てて真乃斗くんのそばにいって、 少し強引にあの細い身体を引き寄せて、力いっぱいぎゅうっとして、 自分の想いのありったけを、どうにか伝えたくなるのだ。 「あ、高瀬さんにくれぐれもよろしくって」 「ん。わかった」 けれども今日も、俺はそうはしなかった。 もう半分も残っていないコーヒーを飲みきるとようやく、 真乃斗くんと二人きりになれたと思った。

ともだちにシェアしよう!