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第9話 高瀬

「お前の苗字はたしか奥野だよな」 「だね」 たったいままで一緒にいた真乃斗くんを思い出す。 なんとなく、真乃斗くんが残していったコーヒーを見つめて、 いったいどんな気持ちで、彼はソコに座っていたのだろうと思った。 「それにしてもよくそのポーカーフェイス出来るねぇ」 それは感心なのか唖然なのか、わからない言い方だったが、 きっと唖然の方だろう。 「お前もな」 よく考えなくても、俺たちは医者なのだ。 動揺を出来るだけ隠すことは日常で学び、それはもう身体に染みついている。 「結川」真乃斗と名乗られたあと、弟だと紹介されたとき。 一瞬、悪ふざけかと思った。 けれど、真乃斗くんの瞳はそうは言っていなかった。 そうして、明らかに二人の距離に違和感を覚え、 確信をもって「おかしい」とわかったとしたって、 哲至がなにもいわないならそれは俺から言うべきことじゃない。 すくなくともその瞬間は。 必要なときにきっと、哲至が・・・もしくは真乃斗くんが・・・ 俺に伝えるだろう。 「一か月前に突然、知ったんだよ」 哲至の視線は手元のコーヒーを見ているようだった。 俺は何も言わずに、もうカップの半分も残っていないコーヒーを一口飲む。 なんとなく、哲至の話しを聞き終わるまでに時間がかかりそうな気がして、 手を上げるとお代わりをお願いした。 ーーー・・・ 真乃斗くんの存在を哲至が知ったのは、 つい一か月前のことだそうだ。 すでに実家を出て久しい哲至は、突然、父親から電話をもらい、 腹違いの弟がいるという事実を聞く。 「久しぶりに実家に戻ったらそんなこと言われてさすがに驚いた」 「そりゃそーだ」 哲至の親父さんは、いまの結婚が二度目だ。 哲至がずっと一緒に暮らしていた母親は、哲至と血が繋がっていない。 それは哲至も知っていたことだったし、俺も知っている。 「母親が同じだって」 「母親のほう?」 「ん」 哲至と真乃斗くんは母親が同じ異父兄弟だとしたら、 話しの全貌が少しづつわかってきてようやく、 哲至よりもなんだか真乃斗くんへの同情が大きくなった。 「親父も全く知らなかったらしい」 「そうか」 真乃斗くんの存在を知ったのが1か月前。 そうして、 どうして哲至たちといま、一緒にいるのだろうと考えれば、 その答えの予想は、医者の自分には容易いような気がした。

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