16 / 101

第16話 真乃斗

大きな公園の中にある待ち合わせのカフェに行けば、哲至さんはもう来ていた。 「こんにちは」 「ん。こんにちは」 二度目に哲至さんに会ったのもこのカフェだった。 それから哲至さんに会うのは二回に一度の割合で、このカフェだ。 はじめて血のつながるオニイチャンに会ったのは、 哲至さんの実家だった。 その日、オレがいる哲至さんの実家に、哲至さんが帰ってきたのだ。 哲至さんは大学に受かったときを境にもう実家を出ていて、 いまではその家では暮らしてはいない。 はじめましてと言って手を握ったその日も、 夜には哲至さんは自分の暮らすその場所へ、帰って行ってしまった。 信じられないことに。 血のつながりのあるのは哲至さんだけなのに、 オレは血のつながりのない哲至さんのご両親とずっと暮らしていて、 この3月からは哲至さんの親友の高瀬さんと暮らしてる。 「今日は誰の絵?」 「きっと真乃斗くんの知らない人の絵」 ふふっと笑ってコーヒーを飲む哲至さんの笑い方はすごく優しい。 それは、高瀬さんのとはどこか違う。 ・・・ぜんぜん違う。 哲至さんと会う時の多くは一緒に美術館に行く。 この公園の中にあるその美術館には、哲至さんと一緒にもう何度も来ている。 というか、オレは哲至さんとしか来たことはない。 大きな美術館では展示品がコロコロ変わる。 オレは生きてきてからたったの一度も、 絵とか芸術には無関係な人生だったせいで、 美術館になんて来たことはなかった。 哲至さんに出会うまでは。 哲至さんも高瀬さんと同じ、職業は医者だけど、 哲至さんはずっと趣味で絵をかいていたそうだ。 趣味とはいえ哲至さんは学生のころ、 なんとかコンクールで入賞とかもしたことがあるらしい。 ・・・ちなみに、高瀬さんの絵画力は破壊的にひどいと、 高瀬さん本人が言っていた。 哲至さんはそんなことないって笑って、 あれは味があるって言うんだと本気で言っていた・・・ オレはまだ、高瀬さんの絵を見たことがない。 哲至さんの実家には、哲至さんの絵がたくさんあった。 飾ってあるものもあったし、哲至さんの部屋にもたくさん置いてあって、 ときどき、オレは勝手に哲至さんの部屋に入ってそれらを観ていた。 もちろん、哲至さんが観てもいいって言ったからだ。 「景ちゃん元気?」 「うん。元気」 同じ職場にいても、 哲至さんと高瀬さんはなかなか話す機会はないのだそうだ。 「この間、甘酒を作ったんだ」 「へぇ。すごい。作れるものなの?」 「簡単だったよ」 「飲みたくなったなぁ」 「っじゃあ今度つくってあげるよ」 「ありがと」 美術館や動物園まである、ばかでっかい公園の中にあるこのカフェに、 哲至さんはよく似合っているような気がする。 公園はあまりに大きくて、 その中の一角には桜の木がたくさん植わっている。 今日はもうずいぶん花びらは散ってしまっているけれど、 哲至さんとソコを歩きたくなった。 きっと、甘酒の話しをしたせいだと思った。

ともだちにシェアしよう!