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第17話 真乃斗
美術館は展示される内容によって
本当にさまざまコロコロと、その表情を変える。
もし、自分にオニイチャンがいると知らなければ、
そして、その相手が哲至さんじゃなかったら、
芸術に何てまったく興味のないオレはきっと、
ずっとこの美術館の雰囲気を知らずに生きていっただろう。
美術館のもつ、その独特な世界の空気の中に
哲至さんはどのときもスッと溶け込む。
哲至さんは普段からあまりしゃべらない。
絵なんかみちゃったら余計にしゃべらない。
でも、オレにはよくわからないその絵画たちをみてる哲至さんは、
どこかとてもかっこいい。
ただ絵や彫刻なんかを眺めているだけなのに、
その横顔や背中はいつもドキドキする。
ずいぶんと年の離れた、互いに幼い頃を知らないオニイチャンは、
医師であり、さらには絵に造詣があるなどという事実はぶっちゃけ、
父親も母親も、
夢も学歴もなにももってない自分を落ち込ませるのには十分な要素だ。
それなのに、
このヒトはまったく偉ぶることもなく、オレを憐れむのでもなくて、
ただそこにいてくれる。
このヒトには軽くてまぁるい空気があって、
オレは明らかにこのヒトが特別に好きだ。
・・・そう。
オレは血のつながったオニイチャンを・・・哲至さんを。
そう言う意味で好きなのだ。
ーーー・・・
「お腹空いた?」
展示された絵画をぐるりと一周して見終わった後、
必ずと言っていいほどあるギフトショップを出ると
いつも決まって哲至さんはそう言う。
「うん」
ほとんどの場合、美術館を一周まわるには2時間以上を要する。
哲至さんと会うとき、待ち合わせはいつだって午前中だ。
待ち合わせのカフェでコーヒーを飲んで、
それからすべてを見終わった後の時間帯はいつもお昼ごろになる。
だからオレにとってそのセリフはちっともおかしくはないけれど、
哲至さんはお腹なんてすいてはいない。
絵を見た後はあまりお腹が空かないのだと言っていたから。
それでもオレがいる時は気を使ってくれて、
さっきの台詞を言ってくれる。
だからオレはいつだって「うん」と返事をする。
お腹が空いていてもいなくても。
「なにか食べたいものある?」
「ん~・・じゃあパスタかな」
美術館に行ったあとの食事が、オレは毎回、とても楽しみだ。
絵のことなんてなにもわからないからオレには大した感想はないし、
口数の少ない哲至さんは「あれ、良かったよね」とかしか言わない。
けれどこのあと哲至さんと食事をしながらする、
いままで観てきた絵についての会話は毎回、オレにとってとても特別だ。
だって、それは
オレと哲至さんたった二人だけの、共有の思い出だから。
誰にも邪魔されない、二人きりのモノだから。
食事のをすることやなにを食べるかが大事なのではなく、
ただ哲至さんと美術館に行ったという事実を共有するために、
それはとても大切な時間なのだ。
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