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第20話 真乃斗

桜の木はなぜ、見飽きるってことがないんだろう。 初めて会った頃の哲至さんを思い出して、 あのときも哲至さんは「ごめんね」と言っていた。 本当なら一緒に住むのは俺なんだけどって。 でも、いま、世界で一番大事なのがその恋人で できればそのヒトと一緒にいたいのだと、哲至さんは正直にオレに言った。 そんなことを言われたら、オレはもう何も言えない。 だからなにも言わなかった。 それでも哲至さんはあれから、今日のように時間を作って会ってくれる。 そうしてそれは、 オレのオニイチャンだからだということはよくわかっているし、 いまも恋人が一番な事は変わっていない。 それでも会えるのは嬉しい。 今日のように二人きりで。 哲至さんにとっては兄弟としての時間でも、 自分にとってはそんな時間じゃない。 好きなヒトと二人きりでいられる、唯一の時間なのだ。 だからそれは高瀬さんにも邪魔されたくない。 オレがこのあと帰る場所が、高瀬さんの家だとしても。 「あ~・・気持ちぃ」 独りで寂しくても、青空で、あったかくて、 こんなのは気持ちがいい。 気持ちがいいから哀しくなるのだと思った。 それにしても、 医者にはそういう人たちが多いのだろうか。 哲至さんも高瀬さんも、 明らかに「いい男」って分類にはいる人たちなのに。 彼女がいたのに哲至さんに惹かれ、 高瀬さんと一緒に暮らすオレはたぶんもっと特殊なんだろう。 きっと、どっちも平気なんだ。 ーーー・・・ 「ただいま」 リビングを開けると高瀬さんはいなかった。 時計を見ればまだ午後の2時前。 高瀬さんはきっと、オレの帰りがもっと遅くなると思ってる。 どこでなにをしているのか・・・ この時間なら、よく行くカフェかレストランで食事をして そのままそこでコーヒーを飲んでる可能性が一番高い。 とたん、眠気が襲って大きく息を吐いた。 薄手の肌障りの良い毛布を引っ張り出すと、 ソファに寝転んで目を閉じる。 小さい頃からなにかモヤモヤがあるときは寝ることにしてた。 考えても仕方のないこと。 答えの出ないこと。 先の見えないこと。 どうしようもない現実についてのこと。 まるでそういうことに抵抗するように、 気づけば眠気が襲ってきてそれに勝てない。 この毛布はそんなオレのために高瀬さんが買ってくれたものだ。 肌障りがすごく良くて、本当に気持ちがいい。 高瀬さんのことを考える暇もなく、 あっという間に暗闇に囲まれると、あっという間に意識が遠のいた。

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