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第26話 高瀬

その日、初めて哲至の恋人に会った真乃斗くんは、 わかりにくく不機嫌だった。 終始笑いながら、けれどもどこか怒っていた。 仕事柄、そういったことはわかろうとしなくてもわかってしまう。 というよりも、 おそらくそれまでどこかヨコシマな想いを抱きながら そばにいた真乃斗くんのことだったから、 より敏感にわかってしまったのかもしれない。 ーー哲至さんとキスがしたいと思うーー 4人での、どこか奇妙な食事の後、哲至たちと別れてから突然、 真乃斗くんからそんなことを言われた。 ーー、、、それはつまりどういう意味?ーー ーー哲至さんが好きって意味ーー 正直、とても驚いてそして、同じくらいとても嬉しかった。 ーーいままで好きになってきたのは女の子なのに、 こんなのおかしいよねーー と、視線をそらしながら言っていた。 自分の好きな男が、自分以外の男を好きってのはけっこうキツい。 しかも、その相手が哲至とは。 けれども、 19歳になったばかりの真乃斗くんの不機嫌な理由が分かったのと同時に、 自分のナカにあった彼への気持ちが膨らんだ。 それはきっと、哲至に対する真乃斗くんの気持ちのショックよりも、 真乃斗くんにとって男でもそういう対象になりうる可能性があることに、 俺の中のなにかが喜んでしまったのだろう。 可笑しいなんて思わないよと俺は言って、 視線を交わすとニコリと笑った。 このときの俺は、いったいどういうつもりで笑ったのだろうか、 いまとなってはわからない。 ーー完ぺきに失恋しちゃったーー 辛いことを隠そうとして、けれども隠しきれていない表情で、 ため息をつく姿をじっと見てた。 真乃斗くんが失恋をしたその瞬間、 俺も失恋をしたのだという事実は、なぜだか「お揃い」な感じがして、 俺はショックだけではない何かを感じていた。 ーー忘れなきゃねーー と、真乃斗くんが言ったので ーー無理に忘れなくてもいいと思うけどねーー と言った。 それはまるで、自分に言っているように。 その日、仕事終わりに内科によった。 哲至は患者さんのデータ入力をして、パソコンに向かっている。 医師と言うのは実は、データ処理の時間が驚くほど多い。 患者を診るより、実際はディスクワークが多いのだ。 「お疲れ」 「あれ、珍しい」 「相変わらず忙しそうだな」 「まーね」 他の医師たちも忙しそうにして、俺は少しだけ居心地が悪い。 だって、俺はもう帰り支度をしてここに来ているのだ。 「これ。真乃斗くんから預かった」 「なに?」 「甘酒だって」 「え~わざわざありがと」 今日、お昼ごろに病院に来ていたことを告げると、 哲至は悪いことをしたと言った。 「2,3日中には飲んでだって」 「ん。わかった。お礼言っといて」 「お前もメッセージはしてやれよ」 手牛はわかったと言って、楽しみだって顔をする。 「真乃斗くんのこと、ありがとね」 不意に言われて言葉に詰まった。 どう返していいかがわからない。 「景ちゃんなら安心」 「、、、今度うちにでも来いよ」 「ん。そのうちね」 真乃斗くんの気持ち。 哲至の気持ち。 そうして俺の気持ち。 ・・・は。 いまのことろ、どうがんばっても交わることがなさそうで、 なにも知らない哲至が少しだけ、うらやましいと思った。

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