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第29話 高瀬

気持ち良く飲む酒はまわりがはやい。 自分が酔ってるということはかろうじてわかっている状態で、 明らかにいつもより気が緩んで、なんにしても気分がいい。 「母さんは花を好きだった」 「それは初耳」 「ん。オレも忘れてた」 真乃斗くんがどうして花屋を選んだのか、その理由を聞いたら、 向こうで母親と二人で暮らしてたころ ・・・といっても、 いつも男が一緒にいて、それはころころ変わっていたらしいけど・・・ 家に花が飾ってあるのが普通だったことを思い出したからだそうだ。 「玄関とダイニングにはいつも花が飾ってあったんだ。 で、突然、そういえばこの部屋って花がないなぁって思ったんだよね」 この部屋とはまさにこの、俺の住んでいる部屋のこと。 「高瀬さんは花が好きじゃない?」 「そんなことはないけど」 本当は花を好きとか嫌いといった風に考えたことがなかったが、 それは言わないでおいた。 「ただ何かの世話をすることが出来ないってだけ」 いままで一度も、花や緑や動物を、 自発的にそばに置いてきたことはない。 それは好き嫌いということより自分にはとても世話ができないことと、 その責任も持てないからだった。 「でもオレの世話はしてるじゃん」 その言葉に本当にとてもびっくりした。 それはあまりにも思いもつかない、突拍子もない言葉だったからだ。 「世話なんてなにもしてないよ」 実際、これは事実だ。 俺は誰の世話もしない。 それは患者ですらも。 そしてこの先もずっと変わらない。 「確かに真乃斗くんはここに住んでるけど、 俺はなんの世話もしてないでしょ」 なぜだかこのことについては、 真乃斗くんにしっかりわかっていて欲しくて、 目を見て、マノトくんがそうだねと返事をするまで見つめた。 「明日から仕事もするしね」 真乃斗くんは自由だ。 できるだけ長い時間を一緒に過ごしたいとは思うけれど、 真乃斗くんはいつだって自由でいい。 この部屋を出たいと言うならそれでいいし 俺とはもう寝たくないと思えばそれだっていい。 いまは哲至を好きな真乃斗くんが、 いつか誰かほかに好きなヒトが出来たときも、同じだ。 「花を買ったことある?」 「ん~、、」 自分の過去、いつか誰かに花をあげたことはあったっけ・・と 考えるふりをして、 「ない」 と自信をもって答えた。 「そっか」 「真乃斗くんは?」 「あるよ」 母親に「も」あげたことがあるとサラリと言って、それはつまり 過去、付き合ってきた女の子にあげたのだろうと予想がついた。

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