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第40話 高瀬

今年の夏は暑い。 いつにも増して暑い気がする。 ほとんどいつも通りの時間に病院を出て、 いつものようにまっすぐ寄り道なんてせずに帰れば、 マンションに真乃斗くんの姿はなかった。 きっといないだろうと思っていたのに、 俺はその通りだった現実に少しだけ、落胆した。 ソファの上に無造作に置いてけぼりにされた、 片づけられていない薄い水色のタオルケットが目に入ると、 視線は勝手に緩んでふっと小さく息を吐いた。 真乃斗くんが今年の春ごろはじめた花屋のバイトは、 あれからずっと続いている。 週に3日だけ、朝の9から夕方の5時までの契約が、 今月から午後の1時に出勤して夜の7時まで働く日がさらに一日増えて、 いまでは週に4日、働いている。 今日はその遅番の日。 だからあと少なくとも1時間は帰ってこないだろう。 出かけるギリギリまで寝ていたんだとわかる形跡が残された、 ソファの上のタオルケットを手に取ると、そこにぬくもりは感じられない。 いま、この部屋にいない真乃斗くんを全身が勝手に感じとって、 その不在にゾクっとする。 突然、なんだかひどく心細くなった。 実際、真乃斗くんがココにはいないのに、 しっかりとその存在を感じとってしまうことは、 正直少し恐ろしいことだった。 この部屋で、 真乃斗くんが暮らしだして5か月になろうとしているいまもなお、 彼が見ている相手は自分ではない。 日ごろはそんなことは思わないし、 常々、真乃斗くんに対して自由にしてくれていいとも思ってはいる。 それは決して噓ではないのだけれど、 真乃斗くんがこの部屋から出て行ってしまったときのことを想像すると、 それは紛れもなく恐怖だった。 もしもそうなってしまったら、 真乃斗くんの存在を感じながら独りになるという、 この恐怖をずっと感じていくのだと思うとぞっとするのだ。 無意識に真乃斗くんの真似をして、 ソファの上でそのタオルケットを全身に包んで丸まってみた。 すると、真乃斗くんの香りがほんのり漂って、 いつも彼が見ているのだろう景色を実際に見ることができた気がして、 少しだけホッとした。 ーーー・・・ 「ただいま~」 「おかえり」 キッチンテーブルの上でパソコンを開いて仕事をしていると、 Tシャツ短パン姿の真乃斗くんが帰ってきた。 彼はいまもザ・若者って感じなのだ。 「あ~涼しい」 外が暑すぎると言いながらカバンをそこらへんに放って、 ソファの上にドカッと腰かける。 その場所が一番、クーラーのきいてる場所なのだ。

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