53 / 101

第53話 真乃斗

外の暑い空気を感じさせないこの家のソファの上は、 なんというかとても居心地がいい。 クーラーの風が座ってる場所に絶妙に届いて、 目の前には大きなテレビだってある。 そうして、正面の画面を見ていても、 いつだって視線の端には高瀬さんがチラチラと映るのだ。 高瀬さんはこの部屋で、 ほとんどの場合キッチンの脇のテーブル席に腰かける。 オレの座るソファにはあまり来てはくれない。 オレを好きなはずなのに。 高瀬さんは料理なんてまったくしないくせに、 なぜかキッチンの近くに座ると長い脚を組んで、 暑くても寒くてもほとんどいつもコーヒーを飲みながら、 新聞を広げたり本を広げたりパソコンを開いたりして独りの世界に浸る。 ときどき、 コーヒーを淹れるためだけに立ち上がってキッチンへはいる高瀬さんを、 オレはときどき、わざわざ身体全体をそちらに向けて、 後ろを向く高瀬さんの全体を見つめる。 いままでにもう何度となくそうしてきているけれど、 それは一度も高瀬さんに気づかれたことのない、オレの趣味だった。 だって、その姿はとてもキレイだから。 料理をしない高瀬さんがキッチンに立つ姿は、とても様になる。 そして、この家のフライパンすらさわったことのない 高瀬さんが淹れるそのコーヒーはとても美味しそうに見えるし、 実際いつもおいしいのだった。 高瀬さんが仕事に出てしまって、 今日は休みで予定なんてなにもないオレは手持無沙汰でいま、 なんとなく、コーヒーを淹れている。 いつも高瀬さんが座る席に座って、 自分で淹れたコーヒーを一口すすると、 すべて同じ素材を使っているというのに、 どうしてだか高瀬さんが淹れてくれるコーヒーとは味が違うのだった。 マズくはないけれど、高瀬さんが淹れてくれるソレとは「違う」。 それがなんだか気に入らなくて、この世界は不公平だと思う。 半分も飲まずに机の上に放置すると、ソファの上に寝そべった。 寝てはいけないと思うと眠くなるのはどうしてだろう。 重くなった瞼をうっすら開けてる状態で、 ソファの背もたれにたたまれているタオルケットを 腕だけを伸ばして手繰り寄せると 瞼はもう開いていない。 今日もなにかを考える前に、深い海の中に潜っていってしまう。 最近では眠る前の抵抗すら、起こす気になれずに、 深くて暗いその世界へ流れて行ってしまうのだった。

ともだちにシェアしよう!