55 / 101

第55話 真乃斗

「今週の金曜日に哲至さんが来るって」 風呂上がりの高瀬さんに、できるだけ視線を交わさないようにして 出来るだけ淡々と言った。 哲至さんに会えることを嬉しそうにするのは、 とてもいけないことのような気がするのだ。 「そう。良かったね」 高瀬さんはどこかホッとした顔をしてそんなことを言った。 そして、確かにその通りなのに、オレはなんと言っていいかがわからない。 高瀬さんには自分の気持ちを知られているのだから そう言われたとしたって当然だとも思うのに、 テーブルの上に出来上がったばかりの料理を並べながらやっぱり、 高瀬さんを見ることが出来ないでいる。 「金曜日はいつも通りに帰ってくるでしょ?」 「ああ。いつも通りの予定」 冷蔵庫からビールを取り出す高瀬さんにようやく、視線を合わせた。 「金曜日、高瀬さんはなにか食べたいものある?」 高瀬さんのことはもちろん、蔑ろにしてるわけじゃない。 お世話になってるんだし、カラダだって重ねていて、とても大切なヒトだ。 でもこの聞き方は、どうしたってなんだか居心地が悪い。 だってきっと、自分の気持ちのすべてを見透かされてるのだ。 「哲至の好きなものにしたら?」 そうして、高瀬さんがそう言うことをわかっていた。 わかっていてそんなことを言っている自分が、 なんだかとてもイヤで・・・汚らしいヤツに感じる。 「俺はいつだって真乃斗くんの手料理を食べれるから」 優しく笑う高瀬さんに、オレはどうしたらいいのだろう。 目の前のオトナなオトコに、 自分がどうしたって子供じみてて情けないと思ってしまう。 「哲至が来るの、楽しみだよね?」 「え?」 「だって久しぶりに会えるんだ。そうだろ?」 なぜか高瀬さんは困ったような、 どうしたらいいかわからないって顔をしてる。 一瞬だけ、どうしてそんな顔をするのかわからなかった。 でも・・・ 「うん。嬉しい」 それは本当のことだったけど、高瀬さんのためにそう言った。 そして、ホッとする顔をして独り頷く高瀬さんに、 きっと 高瀬さんは哲至さんが金曜にココに来ることを ・・・あのメッセージが来ることを・・・ もっとずっと前に知っていたんじゃないかって感じてまた、 どこか気分が沈む。 「腹減った。食べていい?」 「っん。ご飯盛ってくる」 いつもの席に座りながら言われて、 オレは慌ててキッチンへ入ると炊飯器を開ける。 ホワリと湯気が沸くと、 早く金曜が来ればいいと思っている自分を、 その湯気で誤魔化しているような気分になった。

ともだちにシェアしよう!