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第57話 真乃斗

「ねぇ、先に二人で飲んじゃわない?」 「え?」 このヒトは、なんというか 年齢に似合わず、無邪気という言葉が合うヒトだなと思う。 哲至さんが言っていた「可愛いヒト」という言葉が、 頭ん中をチラリと横切った。 「外暑くてさ。ね。いいじゃん」 少し気押されしつつも頷くしかできなくて、 オレは冷蔵庫からビールを2本取り出した。 グラスを出そうとする前にプシュッと缶のあく音がして、 真乃斗くんも早くと言われてそのまま、缶ごと乾杯をする。 哲至さんの恋人は、とても美味しそうな音を立ててぐびぐびっと飲んだ。 「はぁ~美味い。あの人たちまだ働いてると思うと格別うまい」 どこか意地悪そうな、そしてとても楽しそうな顔して、 笑いながらまったく悪びれることなくそう言った。 初めてこの部屋に来たと言った哲至さんの恋人は、 初めてとは思えないほどくつろいで、 あっという間にひと缶、ビールを空けた。 「どんなのやんの?」 テレビの下のラックにあったゲーム機に気づいて、 哲至さんの恋人は楽しそうに聞く。 そういえば、このヒトがゲームが好きだったことを思い出した。 高瀬さんはゲームをしない人で、 だからこの部屋にゲームの類はなかった。 けれどオレがここに住むようになってから一緒に買いに行ったのだ。 それはオレのために。わざわざ。 「景ちゃんゲームなんて出来ないでしょ」 「そんなことないです」 なんとなくムキになる。 「うそぉ。出来んの?」 「オセロと将棋はいつも高瀬さんが勝ちます」 「ああ、そういうのね」 このヒトは哲至さんを「奥野」と呼んで、 高瀬さんを「景ちゃん」と呼ぶ。 3人とも同い年。 3人とも男を好きになる男。 呼び方なんかじゃわからない、 3人の間にだけある見えないモノたち。 オレだけが違うのだ。 どうがんばってもオレだけが。 「哲至さんのどこが好きですか?」 突然、いきなりそんなことを言ってしまって、 オロオロしたのは自分の方だった。 ゲーム機を弄ってた哲至さんの恋人は、 ゆっくりとこっちを向くと薄く笑う。 哲至さんの恋人は、いつも真っすぐだ。 真っすぐこちらを見て、 それはまるですべてをわかってるって言われているようで、 なんていうか敵わないって気分にさせられる。 「男同士で恋愛なんて、悲劇だよね」 「え?」 予想外の返答に、また、オレの方が落ち着かない。 「悲劇?」 「ヒトと違うってのは悲劇だよ。二十一世紀になってもね」 なぜか、全身がズキリとした。 「こっちの世界はなかなか大変だよ」 「え?」 すると立ち上がって、もう一本ちょうだいと言われた。 冷蔵庫を開けると、目の前に刺身の盛り合わせが飛び込んでくる。 「景ちゃんもけっこうモテるしね」 「え?」 「まぁ奥野ほどじゃないけどさ」 このヒトは勘違いをしてるのだと思った。 あんなにキレイに真っすぐな目をして、なにもわかっていない。

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