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第58話 真乃斗

「で?真乃斗くんは奥野のどこが好きなの?」 「え?」 ドキリとする。 オレはこの数分の間に、 いったいどれほどの「え?」を繰り返しただろう。 冷蔵庫から取り出したビールの缶が驚くほど冷たくて、 手のひらがじんじんする。 「ごまかさなくていいよ」 このヒトはまた、ずいぶんと遠慮なくそう言って、 まるで愉快そうな目をしてうっすら笑いながらテーブル席に座る。 なんだか腹が立って 「性格悪いって言われません?」 少し乱暴に缶ビールをテーブルに置くと、 立ったまま上からじろりとにらんだ。 すると今度は大きく口を開けて天井を仰いで、 脚を上げて腹を抱える仕草付きで笑う。 ムカつくことに、どこか幼さが残るそのすべての動作が、 オレから見てもとても可愛らしく映るのだった。 「真乃斗くんは奥野と似てるよ。さすが兄弟って感じ」 「どこが?ぜんぜん似てないよ」 驚いて、そして呆れた。 子供みたいなこのヒトは、本当になにもわかっていない。 「哲至さんはいつだって穏やかで優しくて、 自分で考えて決めていて、ちゃんとしてる。 医者なんてすごいし、突然現れたオレを否定しないし、 もうぜんぜん・・・オレなんかとぜんぜん違う」 言いながら、なんだかとても辛くなる。 どうして自分はこんななのだろうと思って苦しくなる。 血のつながったオニイチャンを好きになるなんてバカだし、 オレを好きだって言ってくれる高瀬さんに甘えてズルいし、 そうして毎日、どうしたって眠くなってしまって、 ここのところは料理すらまともに作れない。 「まぁいまの奥野はちょっとはちゃんとして見えるんだろうけど、 でもそれは歳食ったから少し丸くなったってだけのことだよ」 冷静に言われると余計にムカついた。 「なにそれ」 「若い頃の奥野はいまの真乃斗くんみたいだったよ。 わかりやすくふてくされて、わかりやすく文句を言うの」 「ウソだ」 そんな哲至さんは想像できない。 すると、その人はまた、 とても可笑しいといった風に笑った。 『若い頃の奥野』と言う言葉が、 どこか残酷な響きを伴って、頭の中に残った。

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