59 / 101

第59話 真乃斗

「あの人、いまだってけっこう文句も言うよ。 わがままで頑固者なんだ、ああ見えて。 それに真乃斗くんだって、 優しくて自分で決めてて、ちゃんと働いてんじゃん」 オレのことなど知りもしないくせに、よく言う。 「どこが?そんなのぜんぜん違う」 心の底からそう思ったし、心の底から自分がバカみたいだと思った。 ムキになって、自分のしてることは全部、八つ当たりだ。 相手が高瀬さんからこのヒトに変わっただけ。 そうわかっていてまた、止められない。 「違わないよ。 景ちゃんに真乃斗くんのことを聞いたらきっとそう答える」 哲至さんだけでなく、 高瀬さんのことまで知ってる風に言われると余計に腹が立つ。 「オレなんてただのバイトだし、 良くしてもらってる高瀬さんにも、いつだって文句しか言ってない」 「バイトとか、そんなの関係ないし、 文句しか言わないとしたって、それが景ちゃんにとっては嬉しいの」 「そんなことない。高瀬さんはいつだって悲しそうに笑うもん」 あのソファで寝てしまって、目を開けたときの景色を想う。 ほとんどの場合、そこには高瀬さんがいる。 綺麗な顔が哀しそうに、憐れむように歪んだ、その表情が目に浮かぶ。 「ぜんぜんちゃんと出来ない。 いつだって肝心な事から逃げ出して、 気づけばあっちの世界に行っちゃって、 そういうオレにすごく哀しそうにする」 言いながら、 オレは哲至さんの恋人相手になにを言ってんだろうととても冷静に思った。 頭に血が上っているハズなのに、ひどく冷静に。 「哲至さんにも高瀬さんにも、迷惑なんてかけたくないのに」 言いながら、自分が泣いてることに気づいてた。 気づいていて止められない。 せめて声だけは抑えようと唇をキュッとすると、 まるでそれにつられるようにして両目もぎゅっとつむった。 ポロポロ流れる涙を懸命に手のひらで拭う。 恥ずかしさと虚しさみたいなモノ。 それから、わけのわからない苛立ちのようなモノ。 自分のことなのに、わからない自分の感情が、 涙というカタチになって現れてしまったみたいだった。 すると哲至さんの恋人は何も言わずに立ち上がって、 突然、ゆっくりオレを抱きしめた。 いきなりだったのにそれはあまりに自然だったから、 オレは一瞬だけ驚いたけどその腕をほどけない。 「・・・っなにやってんだよ」 「こうしたほうが泣きやすいから」 「なんだよそれ」 言いながら、オレはその人にしがみついた。 すると、止めたいはずの涙はもっと溢れる。 その人の小さな手のひらが背中をさすった。 「ごめんね」 耳元辺りで小さく、そんな声が聴こえた。 「俺たちはなかなか、離れることが出来ないんだ」 哀しいはずなのにホッとした。 このヒトは、何もかもがオレより小さい。 背もちょっとだけ低いし、肩幅も。 それなのに、オレより広いって感じがする。 それはまるで哲至さんみたいに。

ともだちにシェアしよう!