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第66話 高瀬

唇を尖らす真乃斗くんの姿はやっぱり可愛らしい。 「あの人を、哲至さんが好きになるのは、 ちょっとわかるなって思って」 「だから俺もって?」 わざとわかりやすく呆れたって顔をした。 すると、真乃斗くんはふふっと笑う。 良かったと思った。 笑って欲しくてそんな顔をしたのだ。 「俺にだって選ぶ権利はあるよ」 「ん。でも景ちゃんはすごかったんだよって言ってたよ」 昨日ぶりの『景ちゃん』にドキリとして、 けれどもそれに気づかれないように笑いながらため息をついた。 「はいはい。いったい何を聞いたんだか知らないけど、 少なくとも哲至やその相手とどうこうなるほど末期ではなかったよ」 哲至の恋人が言ったという、 「悲劇」という表現はある意味正しい。 俺の場合、きっと恋愛事であまり深刻になりたくなかった。 自分より大事なヒトを見つけてしまうなんて恐怖だった。 だから自分から特定の相手なんて作ろうと思ったことはなかったし、 一晩だけって関係はいくつもあった。 もちろん、 ときには特定の相手だけを「恋人」として過ごすこともあったけれど、 正直、それが長く続かなくてもそれはそれで十分だと思っていた。 いま目の前にいる、本当は男なんて好きにはならない、 親友のオトウトに出会うまでは。 「手あたり次第だった景ちゃんは オレに会って変わっちゃったんだって言われて、 オレちょっと嬉しかった」 手あたり次第と言う言葉にまた、苦笑する。 けれどももう何も言わずに、 スプーンに乗ってたオムライスの欠片をようやく口に含んだ。 「あの人はオレの知らない哲至さんや高瀬さんを知っていて、 最初はなんか気分悪いって感じだったよ。 3人の思い出がいっぱいあるんだなって思って、なんかさ・・・」 スプーンの先で、 形の整ったオムライスの中央を容赦なく崩しながら、 真乃斗くんが続ける。 「でもエッチしてる高瀬さんのコト、 哲至さんもその恋人も知らないんなら、 それってちょと嬉しいって感じ」 ふへへって笑う真乃斗くんに見とれて、 そうして俺はなんだか胸がいっぱいになる。 もし。 いまオムライスを頬張っていなくて、 座ってる席が彼の隣で、 手を伸ばさなくても届く距離にいたならきっと、 躊躇せずに細くてアツい身体を抱き寄せて そんなことを口走るその唇にキスをしただろう。 つい数時間前にはあんなに抱き合っていたことをすっかり忘れて ・・・風呂場でもイタズラをしたというのに・・・ 年甲斐もなく俺の身体のぜんぶにネツが回った。 「世の中にいっぱい、高瀬さんとエ ッチした男がいたとしてもね」 そうして、またそんなことを言われて言葉が出ない。 けれどもまったく、幸福だった。

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