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第68話 高瀬
すでに脱いでいる背広を腕に掛けた状態で、
出来るだけ音を立てないように玄関を閉める。
ソファでよく眠るようになった真乃斗くんが家にいるとわかっている日は、
こんな風に音を立てずに家に入ることが多くなった。
長くはない廊下をゆっくり歩いてリビングのドアを開けると、
一瞬で冷たい空気が俺の全身を包んだ。
それはスーっと気持ちがよくて、
思わず深く息を吸い込んだ。
今日もソファの上で真乃斗くんは寝ている。
冷房で部屋をキンキンに冷やして、
俺の買ってあげたタオルケットに丸まって。
かろうじて見えている素肌は目元辺りから形のいい額にかけてだけで、
鼻から下の全てがその薄い青い布に隠れてしまっているけれど、
それは間違いなく真乃斗くんだ。
思わず目じりが下がっていることに気づかずに、
出来るだけ音を立てないよう気をつけながらネクタイを緩めて
そこでようやくホッとした。
ここからいったいどれくらい経てば、
この閉じた瞼が開くのかはわからない。
そうして、
そのクリっとした瞳が俺を捕えて、最初に聞く声が
またとても悲しそうなごめんなさいでもかまわないと思いながら一度、
リビングを後にする。
とたん、また廊下の蒸し暑い空気に包まれた。
ベッドルームももちろん蒸し暑くて、
背広を脱いで軽くブラッシングをすると
Yシャツを脱いでTシャツに着替える。
いまの俺はこの寝室のベッドを見ると、
ほとんど同時に真乃斗くんが思い浮かぶ。
寝ている真乃斗くんはもちろん、
裸でその肌を震わす真乃斗くんも。
なんとなく手が伸びて白いシーツを撫でると、
それは予想に反してどこかヒヤリと冷たい感触が残った。
ーーー・・・
「高瀬さん」
「おはよう」
ようやく起きた真乃斗くんに笑いかけると、
真乃斗くんはいつものように少し狼狽する。
けれども今日はすぐに落ち着きを取り戻して、
「寝ちゃった」
はにかむみたいに笑った。
「何時?」
「もうすぐ7時」
このやりとりもいつものことだった。
上半身を起こして、真乃斗くんは俺をまっすぐに見る。
「ご飯作るね」
「ん。でもその前に」
タオルケットごと、真乃斗くんを抱き寄せた。
髪を撫でるとそれはよく知ってる柔らかさだ。
「おかえりなさい」
耳元で聞く寝起きの真乃斗くんの声はホッとする。
「ああ。ただいま」
そのままその柔らかい髪にキスをした。
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