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第69話 高瀬
相変わらず暑い中、コンビニ袋の擦れる音と共に玄関の扉を開ける。
真乃斗くんがいないとわかっている日に帰る見慣れた部屋は、
蒸し暑いその空気がさらにどこかよどみを増して、
見えない重力が増している気がする。
いないとわかっているのにまず先に行くのはリビングで、
その暑い空気で不在を理解しながらもソファが見える場所まで歩いて、
空っぽのその場所を黙視する。
わかっていたハズなのにどこか落ち込むのは毎回で、
本当にいつまでたっても慣れる気がしなかった。
手元のコンビニ袋からアイスを二つ取り出すと、冷凍庫を開ける。
ひんやりとした空気が一瞬だけ流れて、
それはどこか自分をホッとさせた。
ーーー・・・
「ただいま~」
「おかえり」
すでにシャワーを浴びた俺は、
真乃斗くん好みに部屋をキンキンに冷たくして熱いコーヒーを飲んでいる。
帰ってきてくれると思ってはいても、本当に帰ってくるその間際まで、
自分はどこか不安定だったのだという事実に、
俺は毎回おかえりを言ったとたんにようやく気付くのだ。
「は~涼しい~」
真乃斗くんは今日もやっぱり、クーラーのききが一番いい、
ソファのその場所にドカッと座ると、
細くてすらりと長い手足を伸ばしきってから、全身でダラリとした。
「ビール飲む?」
「飲む~」
冷えたビールを2本取り出してソファに並ぶと、
真乃斗くんは勢いよく起き上がる。
乾杯っと二人で声を合わせて缶をぶつけ合って、
やはり二人同時にそのままぐびぐびっと音を立ててビールを流した。
「はぁ美味い」
うっすら汗をかく額が色っぽくて目を細める。
「高瀬さん今日食べたいものある?」
ビールの缶に唇をくっつけて言う、少しくぐもる声がくすぐったく響いた。
「ん~。さっぱりしたもの?」
「さっぱりしたものね~。
じゃあ冷しゃぶサラダにしよっかな~。豚肉あるから」
「ん。美味そう。でも先に風呂行っておいで。溜めてあるから」
「ありがと。じゃあ飲んだらパパっといってくる」
真乃斗くんがもう一口ぐびぐびっとビールを飲むと、
喉仏が上下に動くのを無意識に見つめた。
「高瀬さんのにはキムチも乗っけてあげるね」
「いいね」
真乃斗くんの表情がどこか浮かれて映るのは、きっと気のせいなんかじゃない。
真乃斗くんは明日、哲至に会う約束をしている。
「真乃斗くんの好きなアイスを買ってきた」
「ほんと?やった」
そうして嬉しそうなその表情が俺は間違いなく好きだなと思う。
それは、俺が買ってきたアイスや、
ましてや俺自身の力ではないことを知っていても。
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