70 / 101
第70話 高瀬
夏がまだその存在を主張するように暑い夏の終わりの休日。
パソコン画面を見ていた視線を時計に移すとまだ10時半で、
なんとなくため息をついた。
真乃斗くんと一緒に暮らしだしてから、
休日に独りでいるすべてをどこか、もてあますようになってしまった。
先週末に買った読みかけの新しい本を読むことや、
この間、真乃斗くんが行きたがっていた
新しいレストランの予約をすることや、
少なくなってきたワインを買いに行くこと。
やろうと思えばやれることはいくつもあるのに。
2時間ほど前、哲至に会いに出かける真乃斗くんに
心の底から愛をこめてほほ笑んで、
行ってらっしゃいと言って送り出した。
嬉しそうにする真乃斗くんを見れることは嬉しい。
楽しんできて欲しい気持ちもウソではない。
ただ俺の全身が痛いってことを伴っているというだけだ。
俺にとって真乃斗くんの楽しいことを共有できないことは辛いことだった。
好きな相手なのに、彼の幸せをただ手放しに喜べない。
だから出来ることならしまっておきたいのだ。
本当は閉じ込めて、ずっとそばにしまっておきたい。
もうすぐお昼になる時間。
すでに今日三杯目になるコーヒーを淹れると椅子に座る。
視線の先にある、真乃斗くんのいないソファを眺めて彼を感じた。
もしも俺の前から真乃斗くんがいなくなってしまったとしても、
俺はきっとそれでもココで、淡々と生活をするだろう。
平日は病院に行って患者を診て定時に上がる。
休日であっても決まった時間に起きてきっと、
いまやってるようにコーヒーを淹れる。
はたからみたらそれは、きっと何も変わらない俺に映ることだろう。
きっと俺だけがわかる。
真乃斗くんを知らなかった、真乃斗くんがいない俺と、
彼を知ってしまって、そうして真乃斗くんがいない俺と。
そうしてこの部屋も変わる。
彼を知らなかったこの部屋の空気と
彼を知ってしまったこの部屋の空気は
驚くほど違うのだ。
ともだちにシェアしよう!