71 / 101

第71話 真乃斗

夏が終わる匂いがする。 たしかにまだまだ暑くていまだって汗をかきながら歩いてるんだけど、 明らかにその暑さは夏ど真ん中のソレとは少し違ってきてるのがわかる。 いつもの美術館のあるその公園のその店で、 久しぶりに哲至さんと待ち合わせだ。 いままでの哲至さんとの待ち合わせでオレのほうがはやく着いたことはなく、 いつだって哲至さんの方が先にそこにいる。 だから今日も無意識にカフェに入ってその顔を探せば、 いつもの笑顔で哲至さんを見つけた。 高瀬さん家で開いた4人での妙な集まりから約3週間。 オレとしては「ようやく」会えた哲至さんに、 その笑顔とともに会えたこと自体がとても嬉しい。 けれど哲至さんの顔を見たとたん、ほとんど自動的に、 今日はどのくらい一緒にいられるだろうかと考えてしまって テンションが落ちた。 せっかく会えたというのに、 そのとたんに別れ際のことを想ってしまう自分に小さくため息をつきながらも、 笑顔で哲至さんの向かいの席に座った。 「まだ暑いね」 席に着くなり、哲至さんは涼しそうな顔をしながらそう言った。 「ん。でもオレ夏はキライじゃないよ」 「真乃斗くんらしいね」 席に座るとハンカチを取り出す。 自分のいままでの人生でハンカチなんて持って歩いたことはなかった。 でも高瀬さんと暮らすようになってはじめてのこの夏、 自然とポッケからハンカチが出てくる高瀬さんがかっこいいなって思って オレはその真似をしてる。 「景ちゃんのハンカチ?」 「違うよ。ちゃんと自分のを買ったの」 「すごい。俺よりオトナ。でも拭き方が豪快」 「え?」 綺麗に折りたたんであったハンカチをぜんぶ広げて まるでタオルのようにして汗を拭いてるオレに、哲至さんは笑いながら言った。 「花火大会行った?」 「うん。高瀬さんと一緒に。たこ焼き食べてタピオカ飲んだ」 「タピオカね」 「哲至さん飲んだことある?高瀬さんってばさ・・・」 なぜだかよく寝てしまう自分はいまだによく寝てしまうのだけど、 ここ最近は寝てしまうことへの罪悪感が少し減ってきている。 それはおそらく、高瀬さんが何も変わらないから。 やるべきことをやらずに寝てしまっても 寝起きのオレが八つ当たりをしても、 高瀬さんはオレが起きるまで声をかけることはないし、 目が覚めた自分にほとんど必ず、笑いながらおはようを言う。 そういう一連の流れみたいなものが いまの自分にとってはすごくホッとするのだった。

ともだちにシェアしよう!