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第73話 真乃斗

「ちょっと待ってよ、オレと高瀬さんはそういうんじゃないよ」 慌てて前のめりになりながらそう言った。 きっと、いつもより声も大きかったかもしれない。 「そういうんじゃないって?」 「っだから」 だからなんなのだろう。 だから・・・なんて言ったらいいのだろうか。 頭の中にはもうずっと、 昨晩のあのベッドの上の、はしたなくすべてを晒しながら 高瀬さんの名前を呼ぶ自分が浮かぶ。 哲至さんがニコニコ笑ってそう言うのは当然な、 そう思わせる要素がいくつもあるというのに、 けれどもそんなことを言われてオレは、間違いなく傷ついているのだ。 「そうじゃないよ」 「そんな、照れなくたっていいじゃない」 目の前の哲至さんは相変わらず幸せそうに笑って、 オレはどうしたらいいかわからない。 わからなくて・・・ 「別にオレは高瀬さんを好きじゃないよ」 「え?」 「好きじゃない。高瀬さんじゃないよ」 窓の外は明るい。 きっと、夏の終わりが最後の悪あがきをしてるんだろう。 ここは冷房がほどよく効いていて、 まるでデートのような時間を過ごしたあとで、 居心地が良すぎてきっと・・・ 「真乃斗くん?どうしたの?」 さすがにどこか心配そうにオレをみる哲至さんと視線が絡むと、 唇をキュッとして視線を逸らした。 自分がもうずっと、おかしなことはわかってる。 いまだってこれから先だって、 いったいどうしたらいいのかも、 なにより自分がどうしたいのかすらもわからない。 オレはもうずっと、まともじゃないんだ。 血のつながるオニイチャンを好きで、 そのくせ好きでもない人と一緒に暮らして抱かれて、 おまけにソレは決して居心地が悪いわけじゃない。 自分からそれを壊そうなんて思ったことがないのだ。 ゴクリと唾を飲んだ。 「オレが好きなのは哲至さんだよ」 言わないでおこうって決めていた。 だって言ったところで誰も幸せにならない。 むしろ、言ったことですべてが不幸になる。 すべてが、みんなが、 オレも哲至さんも高瀬さんもみんながただ困惑してただ・・・ 辛くなるだけなのに・・・ 「オレが好きなヒトはずっと・・・哲至さんなんだよ」 3週間ぶりの大切な哲至さんとの時間を、 楽しいはずの時間をオレは自ら壊してしまった。 そうしてきっともう、 気持ちを伝えなかったころの二人の、 決して甘いだけではないけど大切だった時間をオレは一生、 失ってしまった。

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