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第74話 真乃斗
「そっか。そうだったんだ」
一瞬おどろいた顔をした。
それはいままで見たことのない哲至さんの表情で、
オレはズキズキ全身が痛い。
瞬間、言わなければよかったと後悔する。
こんなこと、言うべきじゃない。
昼間の、こんなに明るいヒカリの中で。
でも哲至さんの崩れた表情は一瞬で、
すぐにいつもの笑顔になってオレを優しく見つめる。
「ありがと。嬉しいな」
笑って・・・
まるでいつものように笑ってそう言われて、
まったく大したことではない風に言われてオレは、
さっきよりももっと全身が痛くなる。
嬉しいなんて、きっと伝わっていないのだと思った。
オニイチャンが好きだなんて、伝わるわけがないのだ。
「ごめんね」
哲至さんは相変わらず優しい顔をする。
優しく笑ってごめんと言った。
そして、それだけだった。
ーーごめんねーー
たった一言、謝られて終わってしまって、オレだけが戸惑う。
そもそも哲至さんが謝る必要ってあるのだろうか。
謝るようなことをしたのはオレのほうなんじゃないだろうか。
なにより、
自分の気持ちが謝られてしまうモノなんだってことがハッキリしてしまって、
もうどうしたらいいかがわからない。
気持ちを伝えられなくても伝えて謝られてしまっても、
この気持ちはなくなったりはしなかった。
じゃあ、謝られてしまうこの気持ちはいったい、
どこでどうやって消えるのだろう。
もしもこのまま消えなかったらオレは・・・
この気持ちごとオレは。いったいどうすればいいんだろう・・・
ーーー・・・
「真乃斗くんどこか行きたいところある?」
外に出るとそこはやっぱり暑くて、好きなはずの夏が鬱陶しくなる。
オトウトにあんなことを言われたくせに
何も変わらないって顔をして哲至さんが笑って、
その事実にその笑顔すらも鬱陶しい。
このヒトはあくまでもオレの前ではオニイチャンでいるつもりなんだ。
一緒に暮らしたこともないくせに、まるで兄弟を装うその態度は
自分をとても意地悪な気持ちにさせた。
「ホテル」
「え?」
「ホテル行きたい」
するとようやく、哲至さんの顔から笑顔が消えた。
暑さのせいだけじゃない、息苦しい空気が流れる。
こんなことを言うオトウトを、
オニイチャンはいったいどう言ってなだめるのだろう。
好きの気持ちがカタチにならないなら、
もうこのヒトの笑顔なんていらない。
いっそのこと、このヒトが困ってる顔を見ていたい。
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