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第75話 真乃斗

「いいよ」 「え?」 「行こうかホテル」 そんなことは何でもないって顔してそう言われて、 それはなんだかとてもショックだった。 もっと慌てた哲至さんが見たかった。 焦って動揺して困った顔するこの人が見たかったのに。 「オレさっき哲至さんに告ってものの数秒で振られたんだよ。わかってる?」 「もちろんわかってるよ」 哲至さんの言葉がやたらと冷たく感じた。 そうして、慌てて焦って動揺してるのはオレのほうだけで、 なんだかすごく哀しくてとてもムカついてくる。 からかわれてるのだ。 きっと、本気にしてもらえていないのだ。 この世界で唯一「家族」であるオニイチャンを好きになって、 きっともう誰にもオレを救えない。 誰より好きな哲至さんにも。 誰より好きになってくれる高瀬さんにも。 オレのこの気持ちを、オレですら救ってあげられない。 「哲至さん、オレとホテル行くって意味ホントにわかってる? セ ックスしようって意味だよ。 行くだけ行ってなにもしないとかホントに止めてよね」 強い口調でそう言って、それなのに哲至さんの表情は崩れない。 「そんなことはわかってるよ。俺だって男だからね」 哲至さんのそのセリフは、なんだかとってもチグハグで似合わなくて、 哀しいというよりどこか怖くなってオレの全身がザワつく。 「どこか知ってる?」 「え?」 「ホテル。良いところ。俺最近そんなトコ行かないから」 自分から誘っておいて、 哲至さんが言うホテルという言葉の持つ響きの卑猥さに、 全身がドクドクする。 「・・・知らない」 「じゃあ調べよっか」 夏の終わりかけの暑い空気のその中で、 哲至さんだけが涼しい顔をして携帯を弄って オレは全身がドクドクいって、妙な汗が流れる。 「近くにあるよ。行こうか」 このヒトは・・オレのオニイチャンは、 いったい何を考えてんだろう。 オレはなにを考えてんだろう。 先に歩き出す哲至さんの後ろを、何とも言えない気持ちで着いて行く。 ざわつきが全身を包んで途方に暮れているくせに、 ただもう引っ込みがつかなくなって、 やっぱり止めると言い出すことも、その場から逃げ出すことも出来ない。 モノの数分で着いてしまったそのホテルの前で 哲至さんは一度もこちらを振り向くことも躊躇することもなく、 フラリとナカに入っていってしまった。

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