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第86話 高瀬

真夏の午後の3時なんて中途半端な時間に抱き合ったのは いったいいつぶりだろう。 もう思い出すこともなければ思い出すことすら出来ないずいぶん昔、 こんなイカガワシイコトを初めて自分の人生で体験したそんな頃や あるいは相手が定まっていない時期なんかには、 昼でも夜でも関係なく、 こんなことばかりを繰り返していたときがあったことを なぜだかやたらと懐かしく思い出す。 思い出すと言っても、かわるがわる交わった相手の顔なんて覚えてはいない。 そうではなくて、 ただその頃のどこか有り余った、 自分だけじゃ抱えきれない渦巻くカタチを持たない欲求のようなものを、 そんなことでどうにか発散していた自分を思い出したってだけだ。 いつもならコトが終わるとうつ伏せになって、 うっとりするような肩甲骨と背骨を見せびらかせるようにすると、 瞼をとろりとさせて、物憂げな、まどろみの手前のような、 無垢なカオしてすぐに視界から俺を外してしまうくせに、 今日の真乃斗くんはそうはしなかった。 考えてみれば、今日は始まりからいつもと違ったのだった。 こんな中途半端な夏の暑い時間に、帰ってくるなり真乃斗くんが誘った。 久しぶりに哲至に会えた真乃斗くんは、 きっと楽しいことがあったのかもしれない。 そうじゃないかもしれない。 でもまぁそれは、俺にとってさほど重要ではない。 今日の物理的にそばに居られなかったその間に 彼に一体なにがあったのかをわからなくても、 真乃斗くんが笑って、 そうしてこういうコトに積極的になってくれるのは嬉しいことだった。 今日の焼けた身体はいつもよりもどこか敏感で、 細いだけじゃない完ぺきなその身体を終始ビクビク震わせながら、 その瞳からはキレイな涙が溢れて、ずっと目元が濡れていた。 だから濡れた目じりに何度もキスをした。 それだけが出来ることだったから。 その涙の種類もワケもわからなかったけれど、 真乃斗くんの身体から溢れるすべての液体は どうしてだかとてもキレイでフシダラで甘い。 そんなことはあり得ないと承知しているけれど、本当にそうなのだから 自分は相当おかしいのだと改めて知った。 「高瀬さん」 「ん?」 名前を呼ばれただけでどこかがドクンと反応する。 なぜなら今日は、 喘ぐ声に混ざってやたらと自分を呼ぶその声を聞いた気がするからだ。 視線を絡め合って二人して裸のまま、さっきの余韻が流れる空気のナカ、 薄いタオルケットの下で、 真乃斗くんの方から俺の手のひらをぎゅっと握った。

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