87 / 101

第87話 高瀬

「哲至さんを好きなオレが好き?」 改まって妙なことを言われた。 引き寄せなくてもすぐそこに真乃斗くんのすべてがあって、 茶色がかったその前髪がはらりと落ちてきて、 真乃斗くんの長い睫毛が揺れる。 繋いでいない方の手が出て、その髪を後ろへ流すようにする短い間中、 真乃斗くんの瞳はずっと俺を見つめていた。 「そうだね。真乃斗くんが誰を想ってても好きだと思うよ」 あんなにアツい抱擁をしたあとだというのに、 まるで互いになにかを奪うようにしてキスを繰り返したあとだというのに、 その唇から自分以外の男の名前が出てくることを なぜだかするりと受けて止めてしまって、自分がいよいよイカれている。 でもそれは仕方のないことだって気がした。 きっと「存在」がそうさせるのだ。 「存在感」ではなく、 触れられる距離にいてくれるっていう、 現実世界の真乃斗くんという「存在そのもの」が、俺にすべてを許させる。 いま、手を繋いで俺に話しかけてくれているのは間違いなく真乃斗くんで、 その実際のぬくもりだけでもうすべてが終わる。 きっと、この男への自分の想いは止められない。 止めようと思って止められる場所を、もうずいぶんと昔に過ぎてしまった。 それに、名前を付けてはもらえないそんな関係の 俺たち二人を繋ぐものは、間違いなく「哲至」という存在だろう。 それは少し複雑に絡み合って、説明のしようがないカタチだけれど、 俺にとってそれは決してキライなカタチではない。 だって真乃斗くんはたったいまもこうして、俺の前にいるのだから。 哲至に会って、そこでなにがあったとしても、 帰ってきてくれる場所はココなのだ。 だからいま、 二人して吐き出せるだけ吐き出して、 くったりしたその場所だけをタオルケットで覆っただけの、 無防備に、どこか穏やかな顔しながら哲至の名前を出されたからと言って、 俺はもう動揺するってことが出来なくなってしまった。 「そうだよね・・でももうそのオレはいなくなっちゃんだよ」 どこか困った顔をする真乃斗君を見つめた。 そうして、俺は不思議と頭が回らない。 「いなくなっちゃったってどういう意味?」 本当にわからなくてそう言った。 愛しい男の小さな頭を撫でながら。

ともだちにシェアしよう!