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第88話 高瀬

真乃斗くんはわかりやすく言いにくそうに 「もうオニイチャンを好きだったオレは過去になっちゃった」 そう言った。 「え?」 なんていうか腹の底から驚いて、どこかおどろおどろしい声色になる。 真乃斗くんは哲至のことを哲至と呼ぶ。 オニイチャンと呼んだことはないのだ。 そこには真乃斗くんの複雑な気持ちが見え隠れしていたはずだった。 「それってどういう意味?」 「そのまんまの意味だよ」 やっぱりどこか困ったような、申し訳なさそうな顔をして 真乃斗くんはピンク色の唇をすぼめた。 「あんなに好きだ好きだ言ってたくせに、 気持ちが変わるなんてなんていうか、良くないっていうか信用できないよね。 でもオレ、高瀬さんにウソは付けないし、もうそうだってわかっちゃったから」 今度は驚きと困惑が混ざってアタフタした。 「哲至となんかあった?」 なにかあったのだろうとわかっていてそう言った。 聞きたくないような気がしたし、聞いてはいけない気もしたけれど、 聞かずにいるなんて出来るわけがない。 「ん。告ってラブホテルに行った」 「ぇえ?」 衝撃に近い驚きかたになって、思わずデカい声が出た。 その声に自分でもびっくりする。 そうしてとっさに上半身だけ軽く起き上がると、 真乃斗くんの身体の、肌の露出した部分を探るように見つめた。 頭の中では数分前、 これでもかって撫でまわしすぎた真乃斗くんの肌感を思い出す。 抱かれた形跡にはまるで気づかなかったし、 というよりはじまる前、 風呂場でその準備をしたのは俺だったって事実を思い出すとようやく、 少しだけ冷静になった。 「、、ホテルに行ってどうした?」 「話した。オニイチャンと。ちゃんと」 はぁ、、と長めの息を吐く。 つまりそれは・・・ 「大丈夫?」 出てきた言葉はそれだった。 だって哲至は真乃斗くんの気持ちを受け止められない。 それはつまり、 どれだけ控えめに言っても真乃斗くんは哲至を想う気持ちに、 くっきりとしたひとつの区切りを「つけられてしまった」ってことだった。 「ん。へーき」 真乃斗くんの瞳はまっすぐで、 それはきっと本心からの言葉なのだとわかる。 だから思わず身体を引き寄せると強く抱きしめた。 けれどもそうすることしか出来ないことに哀しくなる。 もっと言葉を知っていたら良かった。 「ねぇ、それでもいい? オレ、それでも高瀬さんにオレのことを好きでいてもらいたいんだ」 「ああ。変わらず好きだよ」 真乃斗君の台詞に被せるように言って、 本当に変わらないと続けていって、髪にキスをした。 「真乃斗くんが誰を好きでも、気持ちが変わっても。 真乃斗くんが好きだよ」 真乃斗くんのアツい体温を感じながら、 今日のやたらと涙目だった真乃斗くんを想った。 きっと、哲至のことを想っていたのだ。

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