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第90話 高瀬
「気持ちが変わっちゃってごめんね」
複雑な顔をするから、俺だって複雑な顔になる。
ずっと想い続けていた相手とようやく気持ちが通じ合ったというのに、
けれども真乃斗くんのその不安はよくわかった。
人は、
誰もが気持ちが変わってしまうことを恐れて、
そうして誰もが誰かに変わって欲しいとも思っているのだ。
「気持ちって変わっちゃうんだなって思うとちょっと複雑」
自分がまさにそれを体現してしまって、
だからこそ真乃斗くんはどこか心細い目つきで俺を見る。
「気持ちは変わっちゃうことがあるけど
オレ、高瀬さんには変わって欲しくないんだ」
もちろんオレも変わりたくないと思ってるよと慌てて付け足すから、
ああやっぱり、俺はこの真乃斗くんが好きなのだとどこかホッとした。
「こんなオレを信じる?」
「ああ。もちろん」
これから先のことは誰にも分らない。
けれどいま、真乃斗くんが言った言葉は明らかに「いまの本心」なのだ。
「だからオレを好きでいて欲しい」
「うん。好きでいるよ」
きっと「好きでいたいと思っているよ」が正しいことをわかっていて、
けれども敢えてそう言った。
だって、それも俺のいまの本心だったから。
「真乃斗くんにそんなことを言ってもらえてとても嬉しい」
本当に嬉しいのだ。
それは、ようやく想いが通い合ったことよりも、
二人して、
いままで自分たちがお互いに常に真実を伝えあってきて、
それはこの先もきっと変わらないと思えるからだった。
「希望なんだって」
「ん?」
「オニイチャンはいま一緒にいるあの人が
運命の人であって欲しいだけなんだって」
哲至のことをオニイチャンと呼びながら、真乃斗くんが言いたいことを
・・・そしてそれはきっと哲至が言いたかったことを・・・
俺ははっきりと理解した。
心からはっきりと。
「んそっか。じゃあ俺も真乃斗くんが希望だ」
「ん。オレも高瀬さんがそうだよ」
はっきりと言葉にした後に視線が絡めばもう、
当然とばかりに二人の唇が重なった。
笑いながら。
通じ合いながら。
俺たちはようやく「はじめて」キスをしたのだ。
「高瀬さんが好き」
好きなヒトに、好きだと言われる幸せを、
自分の気持ちが変わりたくないと思う相手がいる幸せを、
真乃斗くんが俺に教えた。
いまさら、自分は初めて恋愛をしているのだと思った。
そうしてもう、なんていうかこれ以上もこれ以下もなかった。
だって、真乃斗くんが俺を好きだと言ったのだ。
「俺も真乃斗くんが好きだよ」
裸の真乃斗くんをさらに引き寄せてもう一度、
いままで言えなかった分のありったけをこめて、好きだと言った。
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