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第93話 真乃斗
「なにそれ。本気で言ってる?」
あまりに想定外の言葉に、今度こそ本当に呆れてそう言った。
「だって俺、真乃斗くんに本当に何も出来ないから」
伏し目がちにほほ笑みながら、哲至さんはそんなことを、
本心でそう言っているとわかる。
だから、
こんなに優しいことを言ってくれるこのヒトを好きになって、
そうしてオニイチャンでよかったって思った。
「そんなことないでしょ。
今日だってこうやってちゃんとオニイチャンしてくれてんじゃん」
このヒトをホテルに誘ったあの日からそろそろ3か月がたつ。
気づけばあっけないほどあっという間に
オレが心変わりしたアツい夏は過ぎていって、
冬の匂いを含んだ空気が沁み透ってきた11月の終わり、
誕生日間近の週末の今日、本当は大好きなカズさんといたいくせに、
このヒトはオレのために時間を作ってくれている。
長い間はなれていた兄と週末、
二人きりの美術館の思い出がまた一つ、増えることこそ、
このヒトがオレにできる最大限の愛情表現だってことくらい、
いまのオレには痛いくらいにわかってる。
「オニイチャンはそのままでいいよ。
オレ、ただ一人の男にずっと一途なオニイチャンがいるって、
けっこう誇らしかったりしてるから」
ちょっと恥ずかしくて視線を逸らしながら、
それでももしかしたらはじめて面と向かって
哲至さんを「オニイチャン」と呼んだ。
それはこのヒトがオレを美術館に誘ってくれるのと同じように、
弟としてのオレなりの愛情表現のつもりだった。
「俺も景ちゃんを選んだ弟を誇らしく思うよ」
うふふっと笑いながら本当にうれしそうな顔をしてそう言われて、
オレは自分のことを褒められると同時に
恋人をも褒められたことにとても満足する。
「高瀬さんはちょっと出来すぎなところがあるから・・・ってか、
ほとんど全部が出来すぎてるからオレはちょっと不安」
もはや自分が気持ちが変わってしまった経験があるいま、
そうして、ほとんど誰もが一度以上、
好きな相手が変わった経験があるのだとしたら、
高瀬さんだってずっとオレを好きかどうかはまったくもってわからない。
ただ、できるだけ長く、
オレはあの人と一緒にいたい。
たくさんの時間を、あの人と過ごしたい。
それはいまの俺の願いだし、希望だ。
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