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苦界の蓮華 -二-

地獄太夫(じごくたゆう)に、こんな事が言えるのは、あっしだけですからねぇ」  彼は、今はこんなだが、この花街では有名な傾城だ。  花街に唯一ある男娼館で、初めて太夫を名乗る事を許されている人物。 「おい、まだその名前で呼ぶんじゃねぇ」  花街は、色を売る街。  色を買う者は男。だから、色を売るのは女と相場が決まっている。  そんな色街で、男が色を売っている館が唯一ある。それが地獄太夫のいる妓楼だ。  下手物(げてもの)奇知(きち)の極み…なんて最初は言われて蔑まれていたが、底辺からその名を轟かせ、この妓楼をも高級なのもへと昇華させた。今では、男が男へ色を売る妓楼の希少性を見るために日夜花街では多くの客が店の前を通る。傾城の美しさは様々なものに例えられ風評となって世間をにぎわせている。 「すみませんね…ウテナ」  地獄太夫は、まだ彼が禿だった時代『ウテナ』という幼名を気に入っていた。まだ、着飾っていない素っ裸の彼は、権力という衣を纏っていない。だから、今の状態で地獄太夫という名前で呼ばれるのを嫌がる。  花に例えるなら、地に植えられた種だろうか。まだ芽吹くこともない硬く閉ざされた種に等しく、自らが誰かに愛でられるような美しく価値のある存在であることに気づかない。種子を見て『まぁ可愛い』なんていう人はいないだろうから、太夫はまだ自らが幼名の『ウテナ』であることにこだわる。 「さっさと支度を始めますよ。あっしも暇じゃねぇんですから」  夜蝶は、顔面に火傷を負っている青年で数年前まではウテナ同様、花魁の元で働いていた。事故により顔面を負傷してからは髪結いとして、この妓楼で働いている。  夜蝶も、事故が無ければ太夫まで上り詰めるほどの器量はあったし、偶に他の遊女の髪結いへ出張する際には、色を知った遊女に口説かれる事もある。負傷していても、人の良さと器量の良さのにじみ出ている良い男だ。 「はいはい…」  夜蝶は散らかっている着物や雑貨を拾い集め、ある程度の場所にまとめ、窓を閉じてから部屋の灯りをともす。 「ふぁあ〜」  夜蝶が、足の踏み場を素早く作ると、やっと布団から立ち上がり伸びをする。細く成熟し切れていない身体が茎のようにしなやかに伸びる。彼が身にまとっている布は何一つ無く、素っ裸。長く細く美しい彼の髪が、浮き出た背骨を隠す。

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