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苦界の蓮華 -五-
「しっかし、すっげぇ人だかりだな」
夜蝶は呆気にとられていた。今日の人だかりは異常だった。
三重、いや四重にできた人だかりは、全て地獄太夫の噂を聞きつけた男達だ。
他の妓楼にも、太夫を見る為の人だかりはあるものの地獄太夫の人だかりは異常な熱気を帯びている。男達の視線は、他の遊女に向けられるものとは明らかに違っており、欲望に爛々と輝いている。
見世で、地獄太夫を見た客は、最初は彼が男である事を必ず馬鹿にする。
大体、先刻のような罵声に似た言葉で彼を嘲笑する。そんな矢先、太夫を2度見てその色気に息をのむ。罵声を浴びせていた喉が妙に乾くように感じるのだと言う。そうしている間に、彼から目が離せなくなる。
そこで、馬鹿馬鹿しいと去っていく者と彼をじっと睨め付けるように見る者の2通りに別れるという。
じっと見つめる人は、もう既に息をする事も忘れるほど、地獄太夫の虜になっており、彼と床に入りたいという欲望に掻き立てられるそうだ。けれど、地獄太夫と床に入れるのは、ほんの一握り。手順を踏み、馴染みにならなければ、地獄太夫と床に入る事は出来ない。その為に、男達は我を忘れて、地獄太夫に財を落すようになる。
ちなみに、馬鹿馬鹿しいと去って行く者達もやがては、太夫の元へ帰ってきて、財を落すはめになるので、どちらにしろ、地獄太夫に骨抜きにされる。気づけば全ての財を失い貢いでしまう。気づいたら、地獄に落ちている。だから街では、こんな噂が流れている。
地獄の花を見るまでは 焼かれて 刺されて 溺れて 落ちて 骸になって極楽浄土
どこかの誰かが作って言い出した、太夫にまつわる流行っている都々逸だ。
――――――そこに御釈迦様はいるのか。誰に糸を垂らすのか。
「ほっほぉ…」
夜蝶が、まだまだ集まる人だかりを眺めていると、ふらりとその人だかりに交じった男がいたのに気づいた。そのすぐあとにその男は妓楼に入っていった。夜蝶はその男にただならない雰囲気を感じた。
たぶん、アイツ…僧侶だよな?
と、夜蝶は思った。
僧侶は、禁欲的な生活を強いられることも多く、場合によっては厳罰の対象になる事もある。けれど、妓楼は処罰の対象にはならないので、ただの客として受け入れることが多い。
僧侶達は手段を駆使して、忍んで色を買う者も多いと聞く。
割と堂々と訪れていたので、もしかしたら、違ったのかもしれないと思う事にして、夜蝶はその場から離れた。
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