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苦界の蓮華 -七-
禿と新造は、訳が分からず首をひねっていた。
いま何が起こったのか分からずに2人の顔を交互にみていると、太夫がゆっくり立ち上がった。
「宗純様…」
初めての客の名前を呼ぶなんて珍しい。禿は太夫を見上げた。
「わちきに、させておくんなんし」
更に、自分から進んで宗純の側へ行くと新造の持っていた酒の瓶をしゅるりと奪って宗純の猪口に酒を注いだ。太夫は、しっかりと芯があるように座り凛として顎を引いている。
「…」
新造は、滑らかに動く花魁に気圧されるように側を離れると、近くで2人のやり取りを見つめた。こんな珍しい事は無いと、新造も禿も驚いていた。
この妓楼で最高位にして、花街でみても唯一の地獄太夫が言葉遊びで打ち解けた御仁を見たのは初めてだったからだ。
この男は、一体何者なんだろう…
皆そう思った。
「宗純様は、噂に違わぬ破戒僧 でござんすなぁ」
くすっと太夫が微笑むと、宗純はふふっと笑った。
風評で一休宗純という妙な坊さんがいる事は耳にしていた。賢いが、皮肉屋で頓知を駆使する酔狂な男だという。ただ、こんなに山猿のような男だとは思わなかった。
地獄太夫が最初に
『山居せば深山の奥に住めよかし ここは浮き世のさかい近きに』という歌を送った。
これは一見すれば「お坊さんがこんな色街でなにをしているんですか?」と建前的に解釈する事も出来るが、本当は「山猿坊主は山にすっこんでろここは花街だぞ」という意味合いが強く相手への暴言に近い。この真意まで読み取れない御仁は多いと思う。
対して宗純が
『一休が身をば身ほどに思わねば 市も山家も同じ住処よ』と返した。
これは太夫同様一見『自分はこの身を何とも思わないのでどこにいても同じです』という建前的な解釈がある。しかし本来『どこにいようが俺の勝手だろ』ほどの意味合いが強い。太夫もここまで読み取ったのだろう。
そして『聞きしより見て恐ろしき地獄かな』と続けた意味は『噂で聞いた地獄太夫は大変美しく、傑出した花魁だな』と太夫を評価したのだ。例えば『花は美しい』とか『小鳥の歌声は美しい』とか、そういうのと等しく『地獄は恐ろしい』と太夫の評価をした。
それに対し太夫が、『しにくる人のおちざるはなし』と言った。
これは『私と一事に及ぶつもりなら、あたなも覚悟しなさい』というものだ。
後に、禿はこの時の出来事を随分経ってから知る事になる。
しかし、この時は何が起こっているのかサッパリ分からなかった。
けれど、太夫がどこか楽しそうな様子だけは分かって、この時の様子が目に焼き付いていた。
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