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第2話
#シロ
「あ~はっはっは!ダメだぁ!もっと、優しくしてぇ!」
葉ちゃんとロメオ、2歳になったこの子達は、とにかく良く走り回って、とにかく元気だ!
オレひとりじゃ、面倒なんて見切れない。
だから、結城さんを助っ人に呼んだんだ。そしたら、どうだ!馬になった彼に、ふたりがかりで襲いかかってるじゃないか!
「…痛い!も、ぶん殴るぞっ!」
きっと、逃げるように這って進むジジイがおかしいんだ…
葉ちゃんとロメオはケラケラ笑いながら、罵声を上げ続ける結城さんをバシバシと手で叩いて攻撃した。
「もう、だめ!痛いするなら、一緒に遊ばないよ?」
オレは、額に汗をかいて肩で息をするふたりを見つめてそう言った。
そして、くたびれてレジャーシートに倒れ込んでしまった結城さんを撫で撫でしながら言った。
「ほらぁ、死んじゃったじゃないか!」
「シロたんのじいじが、死んだぁ~~!」
「きゃっきゃっきゃっきゃっ!」
バイオレンスだな…
段ボールを取り出したオレは、少し坂になった原っぱにそれを置いて、ロメオに言った。
「ロメオ!ここから滑って?」
「ヒャッホーイ!」
陽介の遺伝子をしっかり受け継いだロメオは、陽気な子供に成長した。
「ん、僕は、シロたんといる!」
そして、桜二の遺伝子をしっかり受け継いだ葉太も、彼に似て、オレにべったりな子に成長した。
「じいじを虐めないで?シロの大事な人だよ?」
結城さんの背中を撫でながら葉ちゃんにそう言った。すると、あの子はオレの膝に座って両手で抱き付きながら言った。
「ん、分かったぁ…!」
「嘘だね!こいつは毎回、会うたびに、俺に暴力を振ってくるんだ!」
結城さんは文句を言いながら仰向けに寝返りを打った。
「きっと、あなたの野心的な遺伝子が、要らない、邪魔なものを排除しようとしてるんだ…」
オレは、結城さんを宥める様に、優しくお腹を撫でてあげた。
…彼は刑務所で模範囚になった。
ただ、毎日を淡々と過ごしていた。なんて本人は言ってるけど、きっと、色んな事を考えたんだ…
すっかり毒の抜けた彼は、年季の入ったシングルモルトの様に角が取れた。
刑期が短くなって、仮出所が決まって…とんとん拍子で、所謂…しゃばに戻って来た。
桜二とは、まだ会えない。
まだ、会わせていない…
愛する人を奪われた痛みが、きっと疼くだろうから…
「…シロ、おいで!」
両手を広げる結城さんを見下ろしてにっこり笑ったオレは、胸に葉ちゃんをくっつけたまま彼の胸に抱きついた。
「ふふっ!」
そして、誰かにそっくりな顔を見下ろして、誰かにそっくりな髪を撫でて、瞳を細めて微笑んだ。
「…」
葉ちゃんは、そんなオレの胸にお猿のようにくっついたまま、無言で結城さんの動向を伺っている。
ほんと、彼の遺伝子は…こうなんだ。
「じいじにキスして!」
結城さんがそう言って口を尖らせると、葉ちゃんは、容赦なく…彼の頭を思い切り引っ叩いた!
暴力へのハードルが低いのは…躾の問題なのかな…?それとも、持って生まれたものなのかな…?
「こらぁ!も、葉ちゃんは、暴力が過ぎるんだ!ロメオと一緒に遊んで来なさい!」
そんなオレの言葉に項垂れた葉ちゃんは、トボトボと背中を丸めて、何度も何度も坂を降りては駆け上がるロメオの元へ向かった。
「はぁ~~!ったく、どこのガキだ!ろくでもねぇな!」
「…あなたにそっくりじゃないか…。可愛いだろ?」
オレは、葉ちゃんの寂しそうな背中を見つめながら、ため息を吐く結城さんにそう言った。
「はっ!どこが!」
そんな憎まれ口を聞きながらも、あなたはいつも、オレが誘うと、子守を手伝ってくれる。
「ふふ、とっても、可愛いじゃないか…」
結城さんはクスクス笑うオレの背中を抱きしめて、顔を乗せた。そして、深いため息を吐きながら、まるでオレの呼吸でも聞いてるみたいに…静かになった。
「ねぇ…?この前、回鍋肉作ってくれたでしょ?とっても美味しかった…。どう?小さなお店でも出してみる?」
「はっ!あんなの、店に出すもんじゃない。」
…オレは、結城さんの老後を心配してる。
会社を追われた彼は、今の所、何もする事がないんだ…
公民館の老人の集まりを勧めたら、最悪だ!と一蹴されて、店を出すか?と聞けば、こんな感じで否定してくる。
バリバリ働いていたのに、突然、何もする事が無くなったなんて…あっという間に、ボケてしまうじゃないか…
だから、何か…楽しい事を見つけてあげたいんだ。
「…オレ、おむつは交換してあげるけど、お風呂には入れられないよ。だって、あなたは意外と重たいんだ。」
そんなオレのぼやきに彼はケラケラ笑っていった。
「老人ホームに、ぶち込んだら良いんだ!」
全く!
この答え、どっかの誰かみたいだ!
そんな結城さんが用意してくれた手作りのお弁当をみんなで食べた。
彼は桜二に似ていて、料理が上手だった。
「美味しいね?じいじが作ってくれたんだよ…?」
オレの隣に座っておにぎりを頬張るロメオと葉ちゃんにそう言った。すると、満面の笑顔で頷くロメオとは反対に、葉ちゃんは首を傾げて言った。
「シロたんのが良い!」
…オレは料理なんて出来ない。だから、赤ちゃん用のせんべいしか、葉ちゃんに渡した事は無いんだ。
「きっと…おせんべいが美味しかったんだね…」
オレは、葉ちゃんの頭を撫でながらそう言った。
沢山遊んで疲れたのか…お腹がいっぱいになった葉ちゃんとロメオは、オレの膝の上でお昼寝を始めた。
「お前は、ほんと…たらし込むのが上手いな…」
結城さんの言葉に口元を緩めたオレは、膝の上で眠る可愛いふたり手のひらで撫でながら、愛でた。
「ほんと、可愛い…」
陽介のお母さんは言ってた…
1歳を過ぎたら言葉を話すようになって、途端にクソガキになって行くって…
オレは運良く、そんな風に感じた事は一度も無いんだ。
陽介に似て行くロメオも、桜二や結城さんの様に陰キャになって行く葉ちゃんも、可愛くて仕方がない。
こうやって…人って成長して行くんだって、会う度に…嬉しくなるんだ。
「ところで…葉太の、母親はどうなった…?」
結城さんが、オレの髪にキスして、顔を覗き込んで聞いて来た。
「…薫ちゃん?彼女はあなたの孫だ。今は、アパレル関係の仕事に就いてる。毎日、充実してるみたい。彼氏も出来たし、良かったよ…。この前、晴れて児相の保護観察が終わった…」
桜二の娘…薫ちゃんは、とても、頑張った。
初めはスーパーのバイトから初めたシングルマザーの暮らしも、いつの間にか、オレの援助が要らない程に安定して行った。
あれよあれよという間に、アパレルの正社員なんて職を手に入れたんだ。
母は強し…彼女の頑張りを見ていたオレは、その言葉の意味を強く実感した。
雨の日も、雪の日も、風の強い日だって…薫ちゃんは葉ちゃんをおぶって保育園に連れて行き、仕事をした…。
オレが手伝ったのなんて…こうやってたまの休みの日に、葉ちゃんと遊ぶ程度だ。
結城さんにもたれかかったオレは、彼を見上げてこう切り出した。
「…ねえ、お金のかからないパチンコを、ひたすら打たせてくれる所があるらしいよ?…今度、行ってみる?」
「はぁ~~!最悪だね!絶対に嫌だ!」
…だって、1日中家で過ごす…あなたが、心配なんだ。
「じゃあ…」
「シロの店に行こうか…?あそこなら、元気が出る!」
「ふふ、駄目だ。だって、あなたは、うちの店を出禁になってるもの。」
クスクス笑いながら寄り添うオレ達が物珍しいのかな…やけに人の目を引いた。
それとも、オレの膝で豪快に眠る…ふたりの天使が可愛いから、ついつい見てしまうのかな…?
「…あぁ、またこの口の悪いじいちゃんと遊んだのか…?」
仕事が終わった陽介が、日比谷公園までロメオをお迎えに来た。
彼は未だに独身を貫いて、東村山の実家から新宿のスタジオまで通勤してる。そして、たまに、こうして…オレにロメオを会わせてくれる。
いつもと変わらない陽介を見上げたオレは、クスクス笑いながらこう言った。
「ねえ、ロメオはどんどん陽介に似て来たね?」
すると、彼はにっこりと笑ってオレを見下ろした。そして、眉を上げてどや顔をしながら言った。
「だぁから、結婚しようって言ったじゃないの…!」
そんな陽介の軽口に眉を顰めた結城さんは、鼻で笑ってこう言った。
「甲斐性が無いのに、よくもそんな事言えたもんだ。だから、嫁に逃げられるんだな。」
確かに…結城さんは、甲斐性だけはあったね…
「な、な、なぁんて人だぁ…!」
「桜二のお父さんなんだ。だから、こうなんだ…。でも、可愛い所もあるんだよ…?」
こんなオレのフォローも必要ないくらい、結城さんはメンタルが丈夫だ。
ワナワナと震える陽介を、首を傾げながら真顔で見上げていた…
「あぁ、シロた~ん!葉太~!」
そんな元気な声を上げて、薫ちゃんがお迎えにやって来た。
後ろの方で佇んで待っているのは、薫ちゃんに新しく出来た…彼氏だ。
製薬会社に勤めている。中堅のサラリーマン。付き合って1年になる。
…オレは反対してないよ?
でも、子連れの結婚は慎重に進めるべきだと思ってる。
大人に振り回され続けた、オレの人生の教訓だ。
爽やかなスポーツマンが意外と屑な様に…良い人そうに見える人が、一番怪しいんだ。急に手のひらを反したり、屑な発言をするのも、この見た目の人に多い。
逆に…悪い人に見える、優しい人もいる…
オレの当初の算段では、薫ちゃんと陽介がくっつく予定だったんだ。
でも、このふたりはものの見事に気が合わなかった。
上野動物園にオレと薫ちゃんと、陽介…ロメオと葉ちゃんの5人で行った事がある。
すると、ノリで行動する陽介に、計画を立てたがる薫ちゃんがブチ切れた。
それは動物園に入って早々に…だ。
「はぁ…?いきなりこんなに遠くにあるペンギンを初めに見たいって言うの?意味わかんない。ちょっと、計画性が無さすぎる!」
ブチ切れた薫ちゃんは、怖いんだ…オレはよく知ってる。
だから、おずおずと…オレは後ずさりして陽介の後ろに隠れた。すると、陽介は、首を傾げながらこう言ったんだ。
「なぁんで!ペンギンは可愛いじゃん!ね?シロたん、ペンギン好きだよね?」
気が合わないってこういう事なんだって、オレは良く分かった…
「意味わかんないって言ってんの!このルートだったら、一巡出来るのに!どうしてここを通り過ぎて、わざわざペンギンからスタートしようと思ったの?ねえ?馬鹿なの?クルクル回り過ぎて…脳みそ混ざっちゃってんじゃないの?」
「はぁ~~?!動物園は、エモーションで動くもんだろっ?あっ!今、これ見たい!って思った瞬間、見に行くもんだろ?!計画、計画って…そんなことばっかり考えてたら、はぁ~…人生、クソつまんないだろうなぁ!」
こんな調子のふたりのお陰で、オレは、ベビーカーを2つ並べて、何度も何度も同じ動物の周りをグルグル回る羽目になった。
だって、楽しそうな所へやって来た子供たちは、早く先へ進みたくって仕方が無いんだ。それに、目をキラキラと輝かせたふたりに、親同士の醜い喧嘩なんて…見せたくないだろ?
結局、このふたりは、1時間…動物園の入り口の前で罵り合ってた…
「あぁ…ロメパパも来てたんだぁ…。もしかして、ノリで早く来ちゃったの?それとも、その日の太陽の傾きで、時間を見てんの?」
薫ちゃんは陽介を見て顔を歪めて先制パンチを食らわせた。すると、陽介も負けじとこう言った…
「ふん…葉ちゃんのママは、相変わらず…時間ピッタリまで預けたがりだ…!ソウルが無いね。実にファンキーじゃない。今どきの…損したくない症候群だ…。人生、つまらなそう!」
…よく言うだろ?こんな犬猿の仲のふたりが結婚したの?!なんて話…
あんなの嘘だ。
このふたりに限って…そんな事は絶対ないって、オレは断言できる。
それに、こんないがみ合うふたりを見て育ったら、子供がかわいそうだ…
「おい、早く連れて帰れよ…!」
そんな結城さんの言葉にハッとしたふたりは、おずおずとそれぞれの子供を連れて、帰って行った。
あのふたりのいがみ合いを前にすると、がっくりとしてしまうよ。
…見えなくなる最後までオレと結城さんに手を振る、子供たちだけが救いだ。
「もう…あんな言い方しないんだ…」
「なぁんで?用が済んだら帰る。そう言うもんだろ…?」
結城さんと手を繋いで、日比谷公園を後にしたオレは、家に帰る手前にある彼の家へ向かった。
「…お弁当、美味しかったよ。また、作って?」
日の沈んで来た夕暮れ時、隣の結城さんを見上げてそう言った。すると、彼はオレを見下ろして、にっこりと笑って言った。
「これから仕事だろ…?疲れないの…?」
昔は疲れなかった…でも、最近…
「ちょっとだけ、疲れる…」
きっと年なんだ…
そんなオレの肩を抱いた結城さんは、優しく頭を撫でてくれた。
ね…彼は、桜二と同じで…悪い人に見えるけど、とっても優しいんだ。
結城さんを家に送り届けたオレは、ひとりトボトボと自宅へ向かって歩き始めた。
今日は新しいダンサー候補の子が、お店に見学に来る。
支配人おすすめのその子は、他の店に居た訳でも、踊りを踊っていた訳でもない。
突然店にやって来て、ストリッパーになりたいと言ったそうだ!
ちょっと、楽しみじゃないか。
楓が、昼間の仕事を副業で初めて、週に3日しか入れなくなったんだ。
だから、本来なら2人で回していたローテーションを、3人にして、埋め合わせしようって話だ。
「昼間の仕事か…ちょっと、憧れる…」
ポツリと呟いたオレは、肌寒くなった帰り道を急ぎ足で家へと向かった。
見慣れない車が…2台…
目の端に映った黒い車を横目に見ながら自宅の敷地に入ったオレは、いそいそと自宅に戻って、仕事へ向かう準備を始めた。
「どうして、いつもオレの所には来ないんだよっ…!」
何気なく確認したツイッターで、オレが推しているKPOPアイドルグループの会報が届いたと、同担のお姉さんが報告していた…
いつもそうだ!
オレの所に届くのが遅い気がする…!
お姉さんは福岡に住んでるのに、いつも一番に届いてる。なのに、都内に住んでるオレには、いつまで経っても会報が届かないんだ!
「おかしい!嫌がらせされてる!!」
んな訳無い。
ブツブツ言いながら服を脱いだオレは、いつもの様にシャワーを浴びた。
「もしかしたら、ファンクラブは福岡にあるのかもしれない。だから、お姉さんの所には一番に届いて…東京のオレの所に少しだけ遅れて来るんだ…」
…少しだけ?
この前は3カ月待っても来なかったぞ…?だから、桜二に電話を掛けて貰ったんだ…
そうしたら、ファンクラブの人が半笑いで言ったんだ。
「あぁ~順次送ってますので~!」
絶対、嘘だ!
オレのだけ、最後に送ってるんだぁ!
シャワーを浴びたオレは、勇吾のくれた彼と同じ匂いの香水を付けて、鏡に映る自分を見つめた。
髪は…ずっと暗い赤。依冬はこの色が好きなんだ。
そして、ツーブロックの髪は、桜二のお気に入り。
ジョリジョリするのが好きなんだって…ウケる。
ピンポン…
不意になったインターホンを確認したオレは、玄関へ向かうでもなく、仕事の準備を続けた。そして、ふと、手に持った携帯電話でメールを打った。
“誰か、店に送って!外に変な人がいる!”
すると、あっという間に桜二から返信があった。
“すぐ行く”
わぁ、凄いね…
どうしてさ…?
どうして、そんなにすぐに返事を返したのさ…
胸に妙な引っ掛かりを感じながら、オレは仕事道具をいつものショルダーバックに放り込んだ。
そして、玄関の前で、桜二様が迎えに来てくれるのを座って待った。
耳にはめたイヤホンからは、大好きなMJの“Remember The Time”が流れてる。
恋に落ちた瞬間なんて…覚えてる?
オレは覚えてる…
ガチャリ
目の前の玄関を開いた桜二が、オレを見下ろしてにっこりと笑った。
そんな彼を見上げたオレは、にっこりと微笑み返して彼に両手を伸ばした。
#桜二
“誰か、店に送って!外に変な人がいる!”
あんな動画を見た後、俺はそんなメールを無視する事なんて出来なかった。
“すぐ行く”
そう書いたメールを送信しながら、会議を途中退席した。
まだ、動画を最後まで見ていない…
でも、あんな動画をシロの関係者に送った相手の思惑は…何となく、予想が付いた。
恐喝さ…
シロの過去を知っている人物が、現在のあの人を知って…金を巻き上げようとしてるんだ。
過去の動画を脅しに使ってね…
だとしたら、俺のやる事はひとつ。
…シロを守る事だ。
「誰もいなかったよ…」
助手席に座ったシロを見てそう言うと、彼は首を傾げながら言った。
「ピンポンされたんだ。知らない人に。だから…無視した。結城さんの家から帰る時も、知らない黒い車がうちの前に2台止まってた。気持ち悪いなぁ~って思ったんだ。」
へぇ…
平静を装った俺は、いつも言いそうな言葉を探してシロに言った。
「そう…今度、ナンバーを控えて置いてよ。」
「分かったぁ~」
なんだ…黒い車が2台…インターホンを鳴らした…?
それは、不穏だね…
もしかして…あの動画を勇吾に送った奴と、同じ人物か…
だとしたら、動きが速すぎる。
勇吾たちにメールを送ってから、時間もおかずに、こちらの動向も探らずに…すぐに、シロにアクションを起こした。
つまり…あの動画とメールは、一方通行な意思表示で、こちらのレスポンスなんて鼻から求めていないという事か…
ふぅん…
相手は、シロとの接触を図ってる。
直接、脅す気か…?
動画を見せて、揺さぶって…怖がったシロから金を巻き上げる気か…?
知らない人のインターホンには出るな。そう、教えておいて良かった…。
すぐに、駆け付けて…良かった。
相手の動きがダイレクト過ぎて驚いたが、次は無いよ…
どこの誰か知らないが…この人を傷つける奴に、おめおめと会わせるもんかよ。
ましてや、あの動画の存在は、シロに知られたくないんだ。
「…今日は空いてるじゃん。」
シロの言った通り、今日の道路は珍しく流れが良かった。
「あっという間に着くな…」
俺はいつもの様に助手席のシロを横目に見て、クスクス笑ってそう言った。
察せられるな…
この動揺を、絶対に察せられるな。
…洞察力の塊の様なシロに、少しでも疑念を抱かれてみろ?
神経を研ぎ澄まされでもしたら、こんな隠し事なんてすぐにバレてしまう…
その先にあるのは、あの胸糞悪い動画の同時上映だ…
…シロは、これ以上、過去に囚われる訳には行かないんだ。
“動いて話す兄ちゃん”なんて…鬱まっしぐらになる様な最強コンテンツを、シロに与える訳には行かないんだよ…
「はい、着いた。10分もかからなかった。」
シロは、そんな俺の言葉にケラケラ笑って、可愛らしいキスをくれた。
近付いて来たお前の顔が…あの時、見た、幼い子供の顔に重なって見えて、表情を変えずに、胸を痛くした…
「…桜二も、お店に来る?」
「今日は…どうかな…?」
顔を覗き込んでくるシロの頬を撫でて、俺は首を傾げてそう答えた。
「なぁんだぁ!も、良い!それじゃ、まったね~ん!」
ふざけながら車を降りたシロは、変な動きをしながらそのまま店へと入って行った。
さて…
俺はそのまま車のエンジンを切った。
そして、おもむろに携帯を取り出して、動画の続きを再生させた。
四の五の言ってる暇は無さそうだ…
脅しなのか…恐喝目的なのか…はたまた、別の意図があるのか…
どちらにせよ、相手の意図を知らないと後れを取る。
それ程までに、相手の動きが速いのさ…
好ましくない相手が、シロに接触してくるのは時間の問題だ。
…だとしたら、早めに手を打ちたいんだ。
ひとつ目の動画見終えた俺は、首を傾げたまま車の窓の外を見て、ため息を吐いた。
宣戦布告…
勇吾の話したその言葉の意味を、よく理解した。
この動画に映った変態は…幼いシロに、持て余した偏愛を与えている。
散々無茶苦茶にされてくたびれて惚けるシロに、わざわざ…”俺の事…好きだら?“なんて聞いて…性処理以外の歪んだ執着をシロに向けている事は、明白だ。
そもそも、こんな動画を残す事自体が…変態なんだ!
「きんもちわりぃ…」
軽く頭痛を催した俺は、頭をマッサージしながら、チッパーズへ送られた動画の続きを再生させた…
そして、殴られた頬を庇う事も出来ないまま、複数の男に組み敷かれて行く…愛しい人を見つめて、すぐに、胸が張り裂けそうになった。
ここに居る奴らをひとり残らず探し出して…皆殺しにしてやろうかな…
怒りに震える顔をそのままにして、動画の中で、抗う事も出来なくなったシロを見つめた。
可哀想に…
「あぁ…やっぱり、シロちゃんはめっちゃ可愛いな…」
「薬使うと、あっという間だ…落ちたね?」
何か飲まされたのか…すっかり力の抜けたあの人は、口からよだれを垂らした。
そんな可愛い唇に容赦なく誰かが自分のモノを突っ込んで、腰を動かした。
まるで、ハイエナの様にあの人を取り囲んだ男たちは、ケラケラと笑いながらズボンを下ろし始めた。
「…糞だな…」
そんな時、ふと気が付いた…
このカメラは固定されてる。
初めに見た動画の様にカメラが動く訳でもなく、同じ場所から、同じアングルで撮影されている。
音質も悪く、音は途切れ途切れだ…
つまり…これは盗撮の映像だ。
誰かがシロの自宅に、盗撮のカメラを設置していた。という事か…
そして、その”誰か“は…きっと、あいつだ。
背中、肩、腕、胸元は深川彫りなんて…そんな立派な刺青を体に入れてる…ロリコンの変態ヤクザ…。
可愛い猫を3匹も体のどこかに隠し持っているらしい…
「きんもちわりぃ…」
子供相手に…虫唾が走る…
携帯電話の中で、好き勝手に犯され続けるシロを見つめて、唇を噛み締めた。そして、下手くそな腰の動きをする男たちを見つめて思った。
…どうせやるなら、もっと上手に抱けよ。
俺の愛する人を満足させたいなら、そんなお粗末な腰の動きをするんじゃないよ。
…ど下手が。
去勢するレベルだ。
こんな下手くそ、演技の上手な女すら苦労させる事だろう…
「セックスが下手な男は、みんな、死ねば良いのに…」
気が済んだ男たちは、放心するあの人を置いて、消えた。
すると、部屋の隅でじっと座っていたシロのお兄さんは、急に項垂れて泣き始めた…
…壊れてる。
それは、一目瞭然だった…
畳の上で身動きしなくなったシロを抱き抱えたお兄さんは、何度もあの人を撫でて何かを話した。すると、震える手でお兄さんの頬を撫でるシロを捉えて、動画は終わった。
部屋の隅に座ったお兄さんの行動、視線、動きからして…彼はこのカメラの存在に、気が付いていない様に思えた。
こんな物を見せて…何が言いたいんだよ。
この兄貴は、クズだろ?って…そう言いたいのかよ…
自分の方が、シロを愛してるとでも…言いたいのかよ。
俺は携帯電話を耳に当てて、勇吾に電話を掛けた。
窓の外は、すっかり夜の雰囲気を漂わせて、飲み屋へ向かうサラリーマンたちが群れを成して歩き始めた。
「動画を見た…。お前の見解は…?」
電話に出た勇吾に、すぐに俺はそう聞いた。すると、あいつはぽつりぽつりと話始めた。
「俺に届いたメールには、”シロはお前の物じゃない“という文言があった。そして、ボー君の元に届いたメールには、”シロの動画をこれ以上出すな“と書かれていたそうだ。それらと、動画の内容を鑑みると、俺は、この変態やくざが…シロの居場所を突き止めて、接触を図ろうとしていると踏んだ。」
あぁ…俺も、そう思った…
「幼いシロを、まるで愛してるみたいに犯してた…。その様子と、中学生のシロを暴行させているお兄さんの動画を見て、俺は、そこはかとない苛立ちを覚えたよ。まるで、こんなクズ兄貴より、自分の方がシロを愛してるって言いたげじゃないか…」
俺は、窓の外を眺めながら、鼻で笑ってそう言った。すると、勇吾は同じ様に鼻を鳴らしてこう言った。
「…マウンティングさ。恐喝でも…脅しでもない…。俺の方が、シロに相応しい。俺の方が、シロを知ってる。そんな幼稚なマウンティングを、あの子の旦那の俺に…かましてんだよ。」
きっと、シロが、こんな男と結婚した事が、相当気にくわなかったんだな…
それには、俺も同意する。
車の外の人の流れを目で追いながら、俺は勇吾に言った。
「…今日、出先から家に戻る時、シロは、見慣れない黒い車を2台見たと言った。そして、知らない人がインターホンを押したと言っていた。俺が駆け付けた時は、すでに車は無かった…。なあ、この車がヤクザの物だとしたら…動きが速すぎると思わないか…?」
「はっ…!そのくらい、シロが大好きなんだろうよ…。3匹の猫ちゃんは、今頃、先っぽから我慢汁を垂らしてる。ははっ!気持ち悪い…。もう、ぶっ殺しちゃえよ。」
電話口の勇吾は冗談とも言えない口調でそう言った。
3匹の猫ちゃん、ね…立派な刺青の中に、3匹の猫を飼っている、大柄の男…
開店時間を迎えたのか…目の前のシロの店にはお客が入り始めた。
そんなお客に、嘘っぽい笑顔を向ける支配人の顔が、外の暗さと対比する様に明るいエントランスの中で、際立った。
ひとつため息を吐いた俺は、電話口の勇吾に向かってこう言った。
「…依冬には言わない。あいつは多分、怒り狂って手が付けられなくなる。俺はこれを、シロに知られずに始末をつけたいんだ。…だから、俺とお前、後、ボー君…この3人の内で、静かに…事を進めたい。どうだ?」
そんな俺の言葉に電話の向こうで勇吾が唸って言った。
「同感だね!俺は、シロに、そいつの顔も思い出させたくない。」
珍しく、俺たちは、意気投合したじゃないか…
「で、お前は何が出来る…?」
俺は、窓の外を眺めながらそう尋ねた。すると、勇吾はため息を吐きながら言った。
「ボー君の仲間がIPアドレスから発信基地を突き止めた。日本の名古屋だ。相手は名古屋の人物だ。つまり、そいつは、我慢汁を垂らしながら高速に乗って東京まで来たって事だ。」
なる程…
「…相手は、名古屋のヤクザか…」
ここ、東京は…縄張り外じゃないか…ふふ!
にやける口元を取り繕う事もしないで、俺は耳に聴こえる勇吾の声に耳を澄ませた。
「警備会社に依頼して、シロの家の周りに警護を付けた。不審者を見つけたらすぐに110番する様に伝えてある。あの子が移動すれば、その範囲は自然と一緒に移動していく。あの子の周り1キロ圏内はいつも安全だ…。」
おぉ…お前は、やる時はやる男だったのか…
「良いね…悪くない。」
伏し目がちにそう言った俺は、意外とやる男だった勇吾に感心しつつ、こんなにムキになる程に頭に来たのかと…妙におかしく思った。
いつも飄々と人の神経を逆なでするこの男が、既に対策に動いてる事が…おかしかったんだ。
「桜ちゃんは…?どこまでやる…?」
そんな勇吾の言葉に口端を上げた俺は、ニヤニヤしながら言った。
「この男を特定して…3匹の猫ちゃんを、東京の怖い狼に渡してあげようか…」
「それで、そいつは死ぬの…?」
どうかな…出すカードによる。
俺の持ち札の方が弱かったら、一蹴されてお終いだ…
俺は勇吾のそんな言葉に首を傾げながら、窓の外を眺めた。すると、2台の黒い高級車が俺の横を通り過ぎて行った。
路肩に止まる様子をバックミラーで確認した俺は、ヘラついた表情を変えて、視線を外さずに、おもむろに車から降りた。
へぇ…
「どうかな…追い払うくらいは、出来るかもな…」
真っ黒なロールスロイスを舐める様に見ながら、俺は、電話口の勇吾の問いにそう答えた。
コンコン…
迷う事無く、俺は高級車の後部座席の窓をノックした。そして、相手の出方を伺った。
「桜ちゃん、俺はね、こいつに死んで欲しんだよ…!俺だって、シロが俺の物だなんて思ってないさ!でもね、あの子の兄貴を差し置いて…自分の方が…って言うのは、俺は…それは、触れちゃいけない部分に土足で上がってると思うんだよ?」
そんな勇吾の声を耳の奥に届けながら、俺は、目の前のスモークを張った窓が下がって行く様子を眺めて、口元を緩ませて笑った。
「…何か?」
車の中からそう言った男は、俺を横目に涼しい顔を向けた。
こいつだ…
年は取ったが、あの動画の面影を残してる。
こいつが…3匹の猫ちゃんだ…
へぇ…
「ねえ、何しに来たの…?もしかして、名古屋からシロに会いに来たの…?なあ、そうなの?」
開いた後部座席の窓に顔を突っ込んだ俺は、3匹の猫ちゃんを見つめて、薄ら笑いを浮かべて、首を傾げて言った。
「…おい。あの人には、2度と会わせてやらないよ?この、変態が…。お前の目論見なんて、俺が全部、邪魔してやるよ…。近づく事も、遠くから見る事も許さない。お前の存在すら気が付かないまま、あの人は、いつもの毎日を送るんだ。」
そんな俺の言葉を涼しい顔で受け止めた3匹の猫ちゃんは、首を少しだけ傾げてこう言った。
「…ほうか。」
オーダーメイドの高級スーツに、緩いオールバック…色の付いたサングラスから覗く鋭い眼光は、動画の当時のままだ…
3匹の猫ちゃんを挑発する様に見つめたまま、俺は続けてこう言った。
「…なあ、あんた。あの人の店には入れないぜ?だって、あの店は暴力団お断りなんだ…。せっかく名古屋から来たのに…残念だったね。それに…名古屋のヤクザが、ここ…歌舞伎町で遊ぶのは、ちょっと…感心しないな…?知ってるだろ?ここにはここのルールがあんだよ。」
「ほうかぁ…」
目の前の男は、俺の煽りに動揺する訳でも、挑発に乗る訳でもなく、ただ、つまらなそうに天を仰いでそう言った。
すると、運転席に座っていた下っ端が車の外に飛び出して、無言のまま俺の体を窓から離した。
へぇ…
俺は、ゆっくりと閉じて行くスモークの窓を見つめたまま、携帯電話を耳に当てて言った。
「3匹の猫ちゃんが、シロの店の前に来た…」
絶句する勇吾の返事を待ちながら、俺の煽りに乗る訳でも、ここから立ち去る訳でもないロールスロイスを見下ろして、一発蹴飛ばして踵を返した。
どうせ、ここ、東京ではあいつは俺には手は出せない。
そんな粗相したら、ヤクザ同士の抗争に発展するからな。
「随分…動きの速い猫ちゃんだな…」
やっと話し始めた勇吾の言葉に、俺は鼻息を荒くして言った。
「俺の煽りなんて屁でも無い様な顔をして、車も移動させてない。ロリコンの変態の恋心は、おかしな方向に人を向かわせるのかもしれないな!ははっ!」
「一筋縄では行かなさそうだな…」
そうだな…
変態の3匹の猫ちゃんは、ちんけな煽りなんてまるで動じない…場数を踏んだ厄介な相手みたいだ…
挑発する俺を横目に見つめたまま…顔色ひとつ変えずにいた。
車の中に置いたままのジャケットを手に持った俺は、そのままシロの店へと向かった。
…あんな奴が外にいるのに、お前をひとりになんて出来ない。
エントランスに入った俺は、いつもの様に支配人にチャージ料金を支払いながら、伏し目がちに言った。
「支配人さん、外のロールスロイス、ヤクザだ。この店を見てるよ?110番か、みかじめ料払ってる奴に連絡した方が良いよ。」
「えぇ…?!困るよぉ…!うちは、暴力団…お断りなんだからぁ!」
ケラケラ笑いながらふざけてそう言った支配人をジロリと睨みつけた俺は、そのまま踵を返して店内へと向かった。
階段の上から、カウンター席を見下ろした俺は、いつもの様にマスターと談笑するシロを見つめて、すぐに歩き始めた。
シロ、堪らなく、抱きしめたいんだ…
お前は俺の目の前に居る限り…俺の物だろ…?
あんな田舎のヤクザの物でもないし…勇吾の物でもない…
お前は…俺の物だよね…?
可哀想に…
あんな、酷い目に遭っていたんだね…?
話を聞いていたから…俺は分かったつもりでいたんだよ。
でも、実際目で見たら、恐ろしすぎた…
あんな、動画の存在を、お前は知る必要は無いよ…
愛するお前が、もう、二度と…あんな目に遭わない様に…俺が、守るから。
お兄さんの陰を2度と見なくて良い様に…守るからね。
「桜二~!なぁんだ!やっぱり来たのか~!」
俺に両手を広げて微笑むシロを見つめて、俺はあの人を思いきり抱き締めて言った。
「ふふ…やっぱり、来たんだ!」
すぐにシロのステージの時間が来た。
すると、シロを呼びに来た支配人は、俺を見つめて意味深に視線を逸らした。
きっと…通報したんだ。
だから言っただろ…?暴力団だって…
これで、東京の警察署のマル暴が動き出すだろう。
暴力団を捜査する刑事は、自分の受け持つ地域の暴力団組織や、幾重にも分かれる派閥を全て把握して、抗争を未然に防いでる。
均衡を保つ様にしている…と言った方が、正しいかな。
こんな繁華街には警察の踏み込めないルールがいくらでも存在する。
それは、みかじめ料も然りだ…
あれは、問題が起きた時助けてくれるのは…警察よりも…ヤクザだと証明してる。
質の悪い酔っ払いを追い払う。
チンピラの雑魚の様な…ゆすり、たかり、クレーマーを追い払う。
法律よりも力が勝る時、そんな暴力は効力を発揮するんだ。
…繁華街の治安はそんな物によって守られていて…そこまで踏み込めない警察は、彼らの存在に頼らざるを得ない。
ウインウインな関係なのさ。
じゃあ、マル暴なんて呼ばれる捜査員たちは何をしているのかって話だよな。
彼らは、そんな組織のパワーバランスを注視してる。
トラブルや、抗争…一般人が巻き込まれたりしないか…暴力団同士の少しの波紋にも神経を尖らせてるんだ。
そんな均衡を保つのに熱心なマル暴が、この事を知ったら…大騒ぎになる事だろう。
なんてったって…名古屋の暴力団が、呑気に歌舞伎町に来てるんだからな。
こんな繁華街で何かあったら、たまったもんじゃないだろ?
歌舞伎町は、今や海外の観光客も訪れる観光地、テーマパークだ…
きっと、すぐにでもマル暴の捜査員が、街角に配置される事だろう。
つまり、ここは…一番安全な場所になったって訳だ。
ざまあみろ…
3匹の猫ちゃん。お前は、ここに近付けない。
シロには…近付けさせないよ。
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