2 / 3

中編

誕生日が訪れるごとに、あの隠された部屋では秘密が育っていった。例えば、14回目の誕生日には口付けは深くなって、15回目の誕生日を迎えるまでに部屋の外でも2人きりになれば口付けを交わした。16回目の誕生日にはお互いの秘密の場所を探り合うようになり、初めて人の手で絶頂を迎えることを覚えた。17回目の誕生日で、僕たちは身体を繋げた。ヘンリーは、僕を触れなば落ちんとする花のように大切に扱ってくれた。 僕は、すぐ病魔に襲われ、馬に乗ることもダンスをすることもままならないこの身体が大嫌いだった。だけど、ヘンリーは、彼を受け入れる苦しみの先に楽園への扉を開いてくれた。苦しいだけだったこの身体の中に、これほどの快楽が眠っていたのかと驚いた。ヘンリーも、僕の名を呼びながら何度も僕の中で果てた。 天蓋に飾り付けられた薔薇から、寝台が揺れる度に花弁と香りが降ってきた。薔薇の中で享楽にふける、あの絵の世界に紛れ込んだようだ。 とても幸福だった。 ヘンリーを喜ばせることが出来て。 僕達は楽園にいた。 だけどもう、僕達の行為は秘密と呼ぶにはあまりにも罪深すぎたのだ。 18回目の誕生日、断罪の時は来た。 僕達があの部屋の寝台で重なり合っていると、突然使用人たちがずかずかと入ってきた。 ランタンに浮かび上がるのは、いつも僕達を見守るような温かなものではなく、醜悪な獣を見るような冷たい表情だ。 彼らをかき分けて前に進み出たのは、片眼鏡をかけ白髪が混じる髪を後ろへ流した燕尾服の男性。ヘンリー付きの執事のエドワードだ。 部屋に茂る薔薇やあの絵を灰色の目だけで流し見て、 「"ヘリオバルカスの薔薇"ですか。悪趣味ですな」 と冷たく言い放つ。 エドワードは使用人たちに部屋から出ていくよう指示を出す。彼らがいなくなると、寝台の上で青ざめている僕達に目線を合わせて 「何故このようなことを?」 と僕達を見つめてきた。いつもはこの怜悧な光を放つ目が怖かったけど、他の使用人たちとは違う理知的な視線にほっとした。 でも、ヘンリーは青くなったままカタカタと震えていた。 「リチャード、逃げてっ・・・!」 ヘンリーはエドワードを突き飛ばし僕の手を掴む。でも、エドワードはすぐ起き上がってヘンリーを寝台の上に磔にした。 「ご安心ください。リチャード様には何もいたしません」 意味がありませんからね、と鋭い視線を向けられ、ナイフで頬を撫でられたように背筋が冷たくなった。凍りついてしまったかのように身体は動かない。 「リチャードッ!リチャードッ!出ていって!お願い見ないでっ!!」 「リチャード様にも教えて差し上げましょう。 ヘンリー様は誰のものなのかーーーーー」 ーーー寝台が軋む。薔薇が落ちてくる。でも、色も香りもわからない。 あそこにいるのは、誰? 壮年の男に組み敷かれて、目元を薔薇の色に染めて、高い声で哀しく唄うのは。 僕よりも身体が丈夫で、僕よりも強くて、僕よりも頭がいい、将来爵位を継ぐのにふさわしいあのヘンリーは、どこにもいなかった。 僕と同じ顔をした、ただの哀れな少年だった。 ずっと、年端もいかない頃からエドワードに"教育"を受けていたそうだ。 でも、それを知らず、跡継ぎとしての重圧もなく、身体が弱いからといくつかの科目を免除されのうのうと暮らしている僕が憎かったと。 でも、自分が何かをしても叱ったりもっとと上を求めたりせず、ただ喜びほめてくれるのも僕だけだったと。だから、今は、 「愛してる、リチャード・・・」 エドワードが行ってしまってから、寝台の上で僕の手を握り締めながらヘンリーが本当のことを打ち明けてくれた。泣き腫らした目から、更にホロホロと涙が溢れてくる。 そして、あの絵を見た。薔薇の花弁が雪崩れ込む絵。 「何をしている絵だと思う?」 ヘンリーは突然、僕に聞いてきた。僕はしどろもどろ答える。 「え?花を見ながら、ご馳走を食べたり、お酒を飲んだり、眠ったり」 「処刑だよ」 僕の言葉は寸断された。そして、驚きに絶句する。 「あの天蓋の上に薔薇を山程積んでいてね、紐を引っ張ると天蓋が崩れて、人を何人も飲み込むほどの花弁が落ちてくるんだ。 その香りや重さで、窒息して死んでしまうんだって」 そして、食事をしている者達はそれをゆっくり見物しているのだという。 それを知ってしまってからこの絵を見ると、悠然と杯を交わす者達から異質が漂い、花に埋もれたもの達から死の香りを感じぞわりとした。 「ねえ、知ってしまってからも、この絵が綺麗だと思う?」 ヘンリーは、縋るように僕を見つめる。僕と同じ造りの目の奥に、本当に聞きたいことが見て取れた。エドワードに穢されてしまったヘンリーを、僕がどう思うのかということを。 そんなの、決まっているじゃないか。 「うん、残酷だけど、美しいと思うよ」 「・・・リチャードは、本当にボクをよろこばせるのが上手いね」 ヘンリーは泣いているような笑っているような顔を作って、僕の手をぎゅっと握った。13回目の誕生日を思い出した。 初めて口付けと、想いを交わした日。ヘンリーの手から、あの時と同じように緊張が伝わってくる。そうだ、今日は、僕達の18回目の誕生日だ。 「僕、ヘンリーから欲しいものがあるんだ」 ヘンリーはハッと顔を上げた。僕は笑って 「ヘンリーが欲しい」 って彼の答えを待たずに唇を重ねた。僕は横暴の痕を消すように赤い花を肌に咲かせていって、ヘンリーはすべてを洗い流すように涙を流した。 僕がヘンリーの中に入っていけば、こんなに気持ちいいなんて知らなかったって善がった。  「リチャードは?」 「うん。気持ちいいよ」 「んっ、嬉しっ・・・」 やっぱり僕達は鏡合わせなんだね。同じように妬み憎しみあって、同じように愛するんだ。 とても満たされていた。身体が繋がっただけじゃなくて、心まで一つになってしまったような。 ああ、本当に、このまま死んでしまえたら幸せなんだろうね。

ともだちにシェアしよう!