3 / 7

第3話

「まあまあ。俺や組は極道でも平等な判決が下るよう戦ってくれる三國先生に感謝してるんだ。恨む要素なんて一つもねえよ」 「し、しかし、あれは国選の時だ! 好きでお前達のような者を弁護している訳ではない!」 「うん。それも知ってる。っていうか……ずいぶん黒瀧や蓮見組のこと詳しいんだな」 「蓮見組は現六代目を輩出した大きな組だろう。過去の判例を見ていたりすると、その辺りの事件などは避けては通れないのでな」 「判例……? 受験生なら、今頃センター試験の勉強に必死こいてるはずだろ? 今から独学で法学って、かなり余裕なんだな?」 「もちろん。法学部の偏差値が高い大学はA判定だし、できればロースクールには行かず予備試験にトップクラスで受かりたい。その為には早く準備をしておいて損はない」 「ははあ……」  なんともご大層な志だ。それに蓮見の顔面と同じくらい威圧的である。  見たままプライドは高いのだろうし、しかしそれを打ち砕かれた時の人間の脆さというものを、蓮見は知っている。 「その……それでっ。お前は何者なんだ? 蓮見と名乗っていたが……家族か何かか?」 「……蓮見恭一。俺、六代目の孫なんだよ」  蓮見はもうここまで来ると嘘は付けないと、大きくため息をついてみせた。 「孫……?」 「そう。まさかジジイが関東ヤクザの首領だなんて、物心ついた時は思いもしなかったぜ。人生なんて不思議なもんだよな? 三國秀典くんよ」 「な……何故僕の名前を知っている」 「三國先生に息子がいるって聞いて、どんな奴かなーと思って一目会いに来た訳。それより、お前の父親って田ざ……」  言い終わる前に秀典は血相を変えた。小声になって蓮見に顔を寄せる。 「ま、待てっ。誰かに聞かれたらどうするっ……! くそ……わかった話だけならしてやる。だから車のキーを寄越せ」 「いや別に拉致ったりしねえよ」 「反社会的勢力に属する者の言うことなんて信用ならない」  もちろん素直に手渡して失くされる訳にもいかないので、目の前で見えるようにダッシュボードに置いてやった。これでいくらアクセルを踏んでもこの車はどこにも行けない。  ドアを開けてやると、渋々助手席に座った秀典は、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。 「そんなに焦るなんて、田崎の隠し子ってマジなのか……」 「……どうしてそこまで知っているんだ。まさかあいつ、黒瀧と繋がりでも……」  それは誤魔化してやることにする。 「いいや。ジジイが個人的に調べただけだ」 「……そうか」  秀典が苛立たしげに目を伏せる。 「……僕は、検察官になる為に勉強してるんだ。弁護士なんかじゃ生温い。弱者を守るより、徹底的に悪人を追い詰めて正す方が僕の性に合ってる」  言葉遣いなどからなんとなく想像はしていたが、母親と同じ道に進むつもりだったとは。それもいわゆる検事。とてつもなく大きな夢へと生きているようだ。  身内に同業者がいるからこそ、その先を。秀典の場合はそうではない。  田崎は今でこそ代議士をしているが、元はやり手の弁護士だった。  そこで当時は若い貴美子とも親交があったのだろうし、何なら貴美子の方が彼の手腕に惚れていたのかもしれない。  田崎は若い女なら誰でも良いという節操のなさだったので、色恋に疎い彼女は、田崎の下心満載の誘いにも嬉々として乗ってしまった。  だが、秀典の年から察するに……その頃の田崎は、ちょうど出馬前の重要な時期だった。  そう考えれば、婚姻や出産などが重なれば面倒なことになる。それに、元より家庭を持つようなタイプの男ではない。だから手切れ金で捨てたのだ。  その金には「堕ろせ」という意味も込められていたと思うが、今現在秀典が存在している以上は、貴美子の母性と、自らの腹の中で日々育っていく命を“殺す”ことになる……それは法律家としても許せなかったのだ。 「本当は僕の存在自体がいけないんだよ……」  俯いた秀典は、膝に乗せた拳を震わせている。劣等感に満ち溢れた、泣きそうでもあり、誰かに当たり散らしたい怒りさえ混じったような表情に見えた。 「僕がいなければ、母はあんな男と関係があっただなんて過去を抱えないで仕事ができた。もっと活躍の幅を広げられたはずだ」 「そこまで深刻に考えることか?」 「お前にはわからない! いつあの男の子だと後ろ指を差されないか……皆が好奇の目で見ないか……ずっと苛まれている僕の気持ちなんて、わかってたまるか!」 「俺が六代目の孫だって知られて、人生で一度も損したことがないみたいな言いようだな」  嫌味の一つもこぼしてやると、秀典は意外そうにこちらを見た。 「そりゃあ、俺は今こんなナリだし、学生の頃から図体デカくて強面だったからよ。なんつーか……生きづらくは、あったぞ。でも周りだって、そんなもんじゃないか? この世が生きやすくてたまらないなんて本気で思ってる頭の軽い奴は滅多にいねえだろ」  鷲尾と柳はその種の人間に入るが、と一瞬頭をよぎって、胸にしまった。 「でも」 「お前だけが特別じゃない」 「僕だけが……」  リクライニングシートを少し倒して、鼻で笑う。 「……やっぱ可愛いなあ」 「か、かわ……?」 「そうやって悩んでるのも思春期の学生ならではって感じだけど……うん。単純にすげえ可愛いよ、秀典」  思わず本音が出ていた。近くでその姿を拝んで、実際に声を聞いて、お互い人には言いにくいことも話し合って。  けれども、いきなり下の名前を呼ばれたこと、何となく蓮見が下心剥き出しであるムードを感じ取ったか、秀典は顔を赤くして叫んだ。 「異常性愛者!」 「うわ、差別。曲がりなりにも法に従事しようとしてる人間の言うこととは思えない」 「そうじゃない、誰かを愛することに性別は関係ないとは思うが……お前のそれは、一方的だ……くっ、この馬鹿! 大馬鹿!」 「あ」  ぷりぷりと怒った秀典は勢いよくドアを開け、逃げるように走って行く。せっかくの獲物を逃した。  初対面なのに、ちょっと想いをぶつけすぎたかな。ハンドルに顔を埋めてやるせない気持ちを持て余すのだった。

ともだちにシェアしよう!