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第4話

 やっぱり諦めきれない蓮見は、秀典の通う進学塾を見張っていた。  国立大学合格者などを多数輩出している有名な塾だ。ここでさえ優秀ならば、確かに大学はおろか、在学中に予備試験に合格できるかもしれない。  ちょうど愛用の銘柄の煙草を吸い終わった頃、授業が終わってビルから出て来た秀典は、一度見たら忘れられない強面を二度見した。  逃げると思いきや、迷いなくこちらに向かってくる。鼻息を荒げ、苛々を隠せていない。 「ま……またお前か!」 「はは、俺ってば見た目の割にしつこいのよ」 「……見た目通りだと思うがな。変態のストーカーめ……」  秀典のツンと澄ました声音が震えると、背がぞくぞくする。やばい。しかもストーカー扱いされた。また勃ちそうだ。  蓮見は、好意的な人間においては、蔑まれるとそう嫌な気はしない……むしろ恍惚としてしまう。これが嫌っている者なら、その場でぶん殴って再起不能になるまでボコボコにしたくなる。なんとも両極端だ。  塾生達に蓮見のような男と一緒に居るのを見られるのはまずいとすぐに考えたようで、秀典は相変わらず愛想の悪いながらも車に乗ってくれた。ちょっと人目を気にして隠れるようにはしていたけど。 「なあ夕方のニュース見たかよ? 相変わらずだな、田崎先生」 「……見ていない。一応だが、血の繋がった人間が糾弾される様を見るのは気分が悪い」 「へえ。そう思うものなんだな」 「そんなくだらない世間話をする為に来た訳じゃないだろう。お前はいったい何を……母の金か? 僕の身体か?」 「後者、かな」  おぞましい……と呟きながら自身を抱くようにして顔を背ける秀典。 「単刀直入に言うとな、俺、秀典に惚れちまったんだ。一回ヤらせてくれ。一回でいいから。何なら先っぽだけで。なっ、頼む」 「は……? い、いやいやいや! それこそ淫行じゃないか! 何を馬鹿なこと言ってる! 僕のキャリアに傷を付けることは許さない、しかも、ほ、惚れたからと言ってそんなすぐに身体を求めるなんて……っ」 「貞操観念がちゃんとしてるところもいい……。ああ、なるほど童貞なのか。そりゃそうか」 「うるさい!」 「大丈夫だって。責任は持つから」 「いい大人が恥ずかしげもなくそんなこと、何が責任だ!」 「うーん……正式なパートナーにしたいくらいだし、何があっても大切にする……っていう気持ちじゃ、駄目か?」 「まず足を洗ってから出直せ」 「そんなこと言ってみろ、俺死んじまうよ。うちのジジイ、身内にもめちゃくちゃ怖いから」 「なら一生無理だな」  気色悪そうな目で冷たくあしらわれる。そういうところもたまらない。 「そんじゃあ、ヤクザだろうが罪を犯した者だろうが差別と偏見のない社会に、同性でも結婚できるような法改正に尽力してくれよ。な、未来の検察官様」  法、というキーワードに関しては秀典がピクリと肩を揺らす。やはり甘ちゃんだ。  勉強はどれだけできても、まだ現実を知らない。社会の荒波に揉まれて擦れることなく、垢抜けない秀典は、目の前しか見えていない。  将来本当に検事になったとして、人一人の人生を左右することの重大さも。理不尽な上層部の圧力も。感情論でしか物を言えない世間の声も。でも今の秀典は、まだそれでいいと思う。 「…………その主張は一理ある……かもしれない」  結構適当に言ってみただけとは口が裂けても言えない。心に何か刺さってしまったらしく、秀典は初めて蓮見の双眸を申し訳なさそうに見た。 「法曹に関わる者として最も大事なのは、人権保護だ……。それは罪を犯した者でも同じ。……僕の父親も……」 「なら俺も、俺のジジイも?」 「それとこれとは違うが、まあ……お前に言われるまで基礎中の基礎を忘れていたのは我ながら遺憾だ。すまない……」  まさか謝られるなんて。こんな展開はさすがの蓮見でも予想していない。  だが、本来秀典は誰がどうあれ平等に考えてくれる人間の気がした。ただ犯罪者を憎む気持ちだけで、法律家にはなれない。なったとして、少々過激な思想だ。  眉を八の字に下げて、あれこれネガティブなことばかり考えているようで。普段キリッとしている秀典がなんだか健気に見えて。  あああ、やばい可愛い可愛い可愛い可愛い。  蓮見は本能のままに秀典のネクタイを掴んで引き寄せ、唇を奪っていた。 「ん、むぐ、ぅむぅううッ……!?」  キスは初めてなんだろう。というか、このお堅い秀典ではきっと女との交際経験もない。  唇の隙間から長い舌を潜り込ませる。絡ませ合い、舌を吸い、唾液を交換する。 「むふうぅううっ……!? んれろっ、じゅるっ、あふっ……」  熱烈すぎるディープキスに、秀典は息の仕方を忘れたかのように酸素を求めた。 「っぷは……な、な、いきなり何をするっ」 「気持ち良かった?」 「そ、そそそそんな訳がないだろうっ! 質問に答えろ!」 「いや、だって腰抜けてる」  言われてから、蓮見の腕にもたれかかっていることを自覚した秀典。カーッと顔を紅潮させ、逃れようとする。  だが、下半身に力が入らないせいでバランスを崩し、シートを倒されると、むしろ大柄な蓮見が組み敷かれるような姿勢になってしまった。 「お、自分から誘ってくるとは大胆」 「ち、違う! 都合の良い解釈をするな、どけっ……!」 「こんな体勢で……好きな奴を離す男がいるか?」  秀典を見上げる蓮見の瞳は熱い。やっと愛しい者がこの腕にいる。もう逃がしたくない。俺のものにしたい。抱きたい。  すごく自己中心的な感情だけれど、平静を装ってなんていられない。だって相手が秀典だからだ。 「本当に何なんだ、お前は……。僕の家族しか知らない秘密を知った上で、しかも、その、か、可愛いとか、好き……などと……」 「ん、だって本心だし。他人のこと言えた義理じゃねえから、親のことなんざ興味ねえし」  だから……と言い訳をして、「ホテルへ行こう」と誘った。  正直、罵詈雑言を吐かれながらビンタでもされて通報されるかと思った。  でも、キスよりも先にある快感を知りたいのかどうなのか……好奇心が勝ったのであろう秀典は恥ずかしそうに顔を歪めた後、小さく頷いた。

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