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生贄学園〜Another〜2

 悪夢の出産ショーが終わり、満足した様子の会員たちを横目にオーナーは先に研究室へと戻っていた。  自分の子だからと言うよりは、あの麗華の子であるからこそ、解剖が楽しみだった。少年の頃、無邪気に蛙を切り刻んだ遠い思い出が蘇る。  初心に返って準備をしながら待っていると、扉が開かれ、大慌ての側近の男が飛び込んできた。 「なんじゃ、騒がしい。ここを儂の聖域と知ってのことか」 「も……申し訳ありませんオーナー、それが……!」  血相を変えた側近の口から紡がれたのは、オーナーにとって衝撃的な言葉だった。 「麗華が、逃げた……じゃと?」  麗華一人ではない、その息子まで抱え、彼女はこのクラブから逃亡を図ったという。  せっかくこの世に生まれてきてくれたというのに余命幾ばくもないならば、せめて一度だけでも親子二人きりの時間が欲しい。  麗華の麗しい方便に騙される、この地下クラブにあるまじきスタッフがいたということだ。 「も、もちろん私はすぐに後を追いかけ、脚を撃って深手を負わせましたが、時既に遅くエレベーターに乗り込んだ後でして……問い詰めたところ、監視員まであの女に入れ込んでいたようです。自らの罪と制裁が下ることをわかっていたのか……彼らは私の目の前で自殺を……」  側近もそれほどに人を惑わす女は見たことがないというように、冷や汗を垂らしながら言った。  スタッフまでもが彼女の側についていたとは想像だにしなかった。と同時に、麗華が持つ能力を甘く見ていたことにオーナーは改めて気付いた。  麗華はこの世の何者よりも慈愛を持った女神のような女。このクラブの冷徹な人間でさえ心を搔き乱されてしまうほどだった。  一連の出来事はクラブにとって最大の反逆行為と言ってもいい。しかし……いやだからこそ、麗華を何としても捕らえねば。 「あの魔女め……」  オーナーの脳裏に浮かぶのは、今考えられる中で最悪の答えと、人としての激情。  ──もしもここで本当に麗華に逃げられでもしたら? クラブは、これまでの研究はどうなる?  ──そもそも、あの化け物をまた野に放ち、平穏な暮らしに戻させろとでもいうのか。それだけは何が何でも許せない。  ふつふつと怒りが沸き起こり、報告にあたったそれなりに長い時間を共にしてきたスタッフの喉を、衝動的にメスで刺し抉っていた。 「この大馬鹿者がッ! 貴様は何をしておるか! ええい、此度の逃亡に関わった者は皆打ち首じゃ!」  自身が老体であることなど頭から全て吹っ飛んだオーナーが、唸るようにして怒声を浴びせかけた。  致命傷を加えられ、鮮血を噴き出させるスタッフなどもう目に入らないという様子で、すぐさま避難階段に向かった。  エレベーターはクラブ内部から監視員が動かしているので、それが機能しないとなると原始的な方法しかなかった。  オーナーは珍しく焦っていた。  この一度堕ちれば明日はない地獄のようなクラブから生還する者が出ようとは考えもしなかった。外に出ようという気力すら奪う場所のはずだったのだ。  なのに麗華は──それだけ、狂った組織の主の予想をも上回るほど希望を捨てていなかったということか。  いや、もしくは、例え憎い男との間に生まれた者であっても、愛する小さな命の為ならば、逃亡しなければという使命感に駆られたのか。  もはや共に逃げた赤子のことなどどうでもよかった。麗華さえ生きて連れ戻せば、子供などまたいくらでも産ませられる。研究が続けられる。  機械の利器を得ない階段はとてつもなく長く、螺旋のようで、気が遠くなるほどの距離だった。  ようやく地上への扉が見えてきた。呼吸が乱れ、ヒュウヒュウと気管支と肺が悲鳴を上げている。  普段からろくに運動もしない老人が全力疾走しているのだ、このまま倒れてあの世行きになってもおかしくはない。  だが、もう一目麗華を見、その身体を抱き締め、再びクラブへ──今度は永久に堕とさない限りは、絶対に死ねるものか。  やっとの思いでクラブに通じる道が隠された地下駐車場に辿り着いた頃には、体力の限界を超えた行動だったのだ、オーナーは扉を開けるとそのまま崩れるようにして倒れ込んでしまった。  しかし、なんとか這うようにして彼女の後を追おうとする。

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