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生贄学園〜Another〜3 ※カニバリズム
いくら常人ではない治癒能力を持つ彼女とて、両脚を潰されでもすればすぐには回復せず移動範囲は限られるだろう。きっとまだそう遠くには行っていない。間に合うはずだ。
ゼェゼェと激しく肩で呼吸しながら目を凝らすと、アスファルトに血痕が続いていた。麗華のものに違いない。
オーナーは血の跡を必死で追った。麗華はまだこの近くにいるはずだ。
「儂から逃れられると思うなッ、麗華ァアアア!!」
老人の血を吐くような叫びが駐車場内に反響する。
その声にピクリと反応したのは、麗華──ではなく、一人の男。
男の存在は実に奇妙だった。停められていた車の陰で、犬のように這いつくばっては何かを咀嚼している。
若い顔立ちと、上下黒のスーツを着ているので身なりはきっちりとしていて、偶然にもここに紛れ込んでしまった浮浪者とも思えない。
男が咀嚼をやめた。見えたのは横顔だけだが、男の口元は血塗れだった。
そして、最後に残った髪の毛の一本まで、口に運んで飲み込んだ。
「…………麗、華」
目の錯覚だったかもしれない。しかしオーナーには、それが毎日観察してきた麗華の美しい髪の毛に見えた。
「き、貴様……今何をしていた? 麗華は……いったい……」
男は手のひらで血液を拭うと、ゆらりと立ち上がった。
壊れかけの機械のような不気味な動きで顔を傾けた彼と目が合う。
その瞬間、恐怖などこれまでの人生で一度も感じたことのなかったオーナーの身に強烈な戦慄が走った。
この世のものではない存在を見た気がした。
「コレ、は……麗華という名前か」
男は納得したように自らの腹の辺りに目をやった。異端の者が静かに発する言葉を、オーナーは震えながら耳にするしかない。
「読心に自己治癒能力、悪くはない……。だが、俺の糧とされずとも哀れな女よ」
知った風な口の聞き方をする男に、オーナーは上手く回らない頭で考えた。
彼は確かに何かを食べていた。加えて、長年人体解剖を行ってきたオーナーが嗅ぎ慣れている、独特の血肉の臭い、死臭が、男からは漂ってくるのだ。
まさか、その、“何か”というのは──。
「麗華……霧島麗華は儂のものじゃ。儂の大切な研究材料じゃ。そ、それを貴様はなんという……あ、ぁ……麗華……?」
冗談ではない、と思いつつも、人の道を外れた仄暗い人生を歩んできたオーナーはこの異常な現実にも合点がいった。
この広い世の中、人肉を食らう者が存在することは知っている。しかし麗華は目の前の男に、跡形もなく、骨の髄まで食べられてしまったというのか。
自らは数え切れないほどの人間を殺し、研究材料にしてきた。なのに彼に抱く感情が何であるのか、オーナーにはわからなかった。
あんなにも固執した女を他人に奪われてしまった喪失感、嫉妬か。
いや、それ以上に彼が恐ろしいのだ。殺しても死なない女を“殺した”この男は、いったい何者なのか、未知の恐怖ばかりがオーナーの頭を支配する。
「──何をそんなに恐怖している。お前が殺してきた人間がその無様な姿を見たらどう思うだろうな」
男は一歩も動けないオーナーに歩み寄ったかと思うと、加齢で皮膚のたるんだ首を鷲掴みにし、顔を寄せた。
男の宝石のような美しい、しかし底知れぬ闇さえ醸し出す瞳を見ていると、オーナーはまるで魂が吸われるかのような錯覚に陥った。
麗華の血で化粧をした唇が大きく開かれる。
──食われる! そう思った次の瞬間──。
わあぁっとくぐもった泣き声がどこかからしたかと思うと、男の力が弱まった。
「そ、想悟……」
最後の足掻きとばかりに隠していたのだろうか。車のトランクの中で、生まれたばかりの想悟が自身の置かれている状況など知りもせず泣いていた。
そちらに興味を惹かれたのだろうか。男はオーナーから手を離すと、想悟の元へと歩み寄った。
オーナーは全身の力が抜けたようにへたり込み、二人の行く末を見守ることしかできなくなってしまった。
「コレ、は……想悟」
男は低い声音で呟きながら、想悟を両腕で抱え上げた。
「想悟……人の想いを悟ることができる者。人を支配できる者」
そして、訳もわからず泣き喚く想悟をまじまじと見つめた。何かを思案しているかのようにも見える目つきだ。
「そ、そやつも……食うのか……」
オーナーは震える声でそう言うのが精一杯だった。
「……いや、これはまだ不味いだろう」
それだけ言うと、男はぽつぽつと語り始めた。
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