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第3話

 (ラン)主任が向かった病院は、日本人医師もいる私立の総合病院で、高額なことで知られているセレブ向けの病院だ。  おそらくは、部長かアンディの機転でこの病院になったのだと思うが、公立病院の混雑や喧騒とは全く無縁の病院で、衛生面や医療技術はもちろん、治療費の保険利用のシステムなどがハッキリしており、日本語を話すスタッフもいて、日本人には非常に説明が丁寧で便利だ。  受付で郎主任が対応を求めると、関係者だという証明に、身分証だけでなく社員証も提出まで求められ、デジタルデータで確認されたのち、ようやく部長たちのいるフロアへ案内された。  空港から市内へ向かっていたのは、桜花企画活動公司(サクラ・イベントオフィス)の用意した3台の契約車両で、ドライバーらも優良で、しっかり保険も入っている信頼できる人たちだ。  1台目の5人乗りの黒いリムジンには、今回の物産展に参加する市長と秘書、そして助手席に加瀬部長が乗っていた。  2台目の日本車メーカーの9人乗りのバンには、3人の市会議員とそれぞれの秘書、助手席にアンディが乗っていた。  3台目も、2台目と同じ9人乗りのバンで、市の広報課職員2人と商工会のメンバー3人、そして市側が手配した中国人通訳1人が乗っていた。  これは事前に営業第5班の部下であるアンディが用意した予定表に記載されていたので、郎主任の頭にはちゃんと入っている。  このうちの誰が、どんな被害にあったのか、それを今から確かめるのだ。  フロアに到着してエレベータのドアが開くと、郎主任は緊張で唇を噛んでいた。 *** 「ん~、結局、うちの車両は巻き込まれただけだよね~?」  桜花企画活動公司の営業部オフィスでは、全員がテレビのニュースに釘付けだった。  監視社会である中国では道路監視カメラはもちろん、各車両のドライブレコーダーのカメラ映像もすぐに回収される。  ニュースでは、まるでその場にいたような臨場感のある画像が、様々な角度から何度も繰り返し流されていた。  始まりは、空港へ向かう路線バスが、バスを追い越そうとした自家用車と接触し、反対車線へと飛び出し、横転。  次に空港から市内へ向かうタクシーが、反対車線から横転してきたバスを避けようとハンドルを切ったものの、そのまま部長たちが乗った車両の前を塞ぐ。  そして、さらにそのタクシーを避けようとした部長たちが乗ったリムジンが、急ブレーキが間に合わず、高速道路の壁にぶつかる。  それを避けようと後に続いていた2台のバンが急ブレーキをかけるが、3台目のバンは後ろから来ていた車に玉突きされたのだ。  それでも、直後にいた車が普通車でまだ良かった。玉突き事故の後方では、高速バスとトラックに挟まれた自家用車から重傷者が出たとのことだ。 「後ろのバンもそんなに潰れた感じもしないし、クライアントの被害は少ないかな~。みんな無事だといいけど」 「茉莎実(まさみ)~!一海(イーハイ)は何て?」  今も現場検証に立ち会っている契約ドライバーさんに、ずっと付き添っている石一海(シー・イーハイ)百瀬(ももせ)は、電話とチャットを繰り返している。 「ん~、画像と証言が一致しているから、もうすぐ解放されそう。ただ車両移動はまだ出来ないらしいから、荷物を運べるトラックを頼んだって」  百瀬はスマホ画面から目を離さず、チャットをしたまま陳霞(チン・シア)に答えた。 「荷物、どこに運ぶの?ホテル?」 「そう手配したみたい」  ちょっと落ち着いたのか、百瀬が顔を上げた。 「どうする?誰かホテルに行ったほうがいい?」  林さんは、こんな経験が初めてで、青い顔をしながら不安そうに質問した。 「う~ん、一海には荷物と一緒に一旦市内に戻るように言ったけど…」  そう言いながら、百瀬は会議室の方を窺った。  会議室では今、慌てて駆け付けた額田(ぬかた)社長を中心に、(ホワン)総務部長と遊佐(ゆさ)経理部長、そして弁護士の羅艶梅(ルオ・エンメイ)らが、日中双方の法に基づいての対応について確認していた。 ***  郎主任が言われた通りの廊下を進むと、待合室のような場所があり、そこに日本人らしい一団がいた。 「郎主任!」  その一団に近付こうとした郎主任を、後ろから呼び止めたのは、営業部5班のアンディ・ユーだった。 「アンディ!加瀬(かせ)部長は?」  反射的に口に出した郎威軍だったが、そこに込められた私情に自身でも気付かなかった。  アンディもまた、珍しい主任の人間らしい感情の動きに、微笑ましく思ったが、余計な事は何も言わなかった。 「クライアントの皆さんの安否確認は済んでいますか?」  さすがに仕事熱心な郎主任らしい言葉が出ると、アンディも笑っていられない。 「まず、部長ですが、一番重症でしたが、右脚の骨折と右肩の脱臼です。意識不明状態だったため、最初に救急車で運ばれ、検査と治療を受け、今は個室で眠っています」  スッと郎主任の眼差しが変わった。生死の確認ができ、やっと安心できたのだろうな、とアンディもホッとする。 「次にクライアントですが、部長と同じリムジンに乗っていた市長と秘書の方、3台目の後部座席にいたお2人が、ちょっと打撲や擦り傷があり、現場に来た救急隊員に応急手当を受けました。他の方々に外傷はなかったので、念のため、今、一人ずつ問診とCTの検査を受けてもらっています」 「分かりました。あちらにいらっしゃるのは?」  待合室らしい場所を指さして、郎主任が聞いた。 「ああ、あちらは検査が終わった皆さんで、このあと、警察から簡単な事情聴取を受けたらホテルに戻っていいと言われています」  そこまで言ったアンディを、急に郎主任が(にら)みつけるように凝視した。 「え?」 「で、君は大丈夫なんですか?それとドライバーさんたちは?」  言われるまで、アンディは自分のことを考えるのを忘れていた。 「検査は受けましたか?ドライバーさんたちは今どこですか?」 「ええっと、僕はクライアントさんの後で検査を受けます」  主任が自分の事を心配しているのだと分かって、にっこり答えたアンディは、説明をしながら郎主任を誘導するように廊下を進んだ。 「1台目を運転していた李さんは胸を強打したそうですが、骨折も無く、ショックを受けただけなので、部長と一緒に救急車で来てもらい、検査の後、今はこの病室で休んでもらっています。2台目の韓さんと3台目の張くんは、まだ現場で、石一海と一緒です」  李さんが居るという病室の前でアンディは立ち止った。 「では、先にクライアントに挨拶を…」  そう言って待合室の方へ踵を返そうとした郎主任の前に、重そうな段ボール箱を抱えた営業部3班の能見(のうみ)主任と、5班の白志蘭(バイ・チーラン)の姿が現れた。 「能見さん?白志蘭?」  不思議そうに郎主任が言うと、能見主任はニヤッとして、箱の中を見せた。そこにはペットボトルの飲物とコンビニのおにぎりやサンドイッチ、スナックなどが入っていた。 「クライアントは、俺たちに任せろ。郎主任はまず部長の容態を確認してオフィスに連絡してくれ。向こうも連絡待ちでイライラしているぞ」  そして、無表情で棒立ちになっている郎主任の背中を押し、能見主任は白志蘭とアンディを連れて、待合室のクライアントの方へ向かったのだった。

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