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第4話

 待合室へ移動しながら、妙な組み合わせが気になって、アンディは不思議そうに訊ねた。 「で、どうして能見(のうみ)さんと志蘭(チーラン)が一緒にいるんです?」  相変わらずのクールビューティ―な志蘭は、涼しい顔をして答える。 「私は茉莎実(まさみ)から連絡が来て、今日の仕事先からならオフィスより病院の方が近いから、直接こっちに回るように言われたの」  白志蘭は、今回の日本の地方都市をアピールする物産展主催者からの、最終説明会に出ていたのだ。それが終わって報告の電話をオフィスに入れると、電話に出た百瀬(ももせ)から、志蘭の現在地が病院に近いので、主任を手伝いに行ってくれと頼まれたのだった。 「俺も、オフィスに帰るつもりだったんだが、馬宏主任からオフィスに戻るより病院の方が近いって言われた。で、まあ一応、そこのコンビニで差し入れも買ってきたってわけさ」  豪快で男らしいイメージの能見主任だが、そこは日本人らしく日本人クライアントの気持ちを汲むのが巧い。  それに、女性にはイケメンのアンディや優しい能見主任が、男性には志蘭のような美人が対応する方が、緊急時には、やりやすい。緊張で尖った神経を、イケメンや美人が少しは和らげてくれるからだ。  そして、病院の自販機やキヨスクで売っているような、見たことも無い中国ブランドの飲物や食べ物より、多少割高でも、日本で見たことがあるようなブランド物を差し入れると、みんな安心するものだ。  実際、能見主任や志蘭の差し入れは歓迎され、クライアントたちが騒ぎ出すのを抑えられた。 ***  ドライバーの李さんに挨拶した後、アンディに教えられた部長の病室の前で、郎主任は一瞬、逡巡した。  ノックすべきか?それとも眠っているのを起こさないようにソッと入るべきか? 「会社の方ですか?」  きちんとした日本語で声を掛けられ、郎主任は振り返った。そこに居たのはパンツスタイルの白いナース服を着た男性看護師で、おそらく日本人だ。 「はい。状況確認にきました。病室に入ってもよろしいですか?」  丁寧に郎主任が訊ねると、男性ナースは笑顔で頷いた。 「意識不明で運ばれてこられたので、念のため検査をしましたが、今検査の結果が出て、軽い脳震盪だと分かりました。ご心配はありません」  看護師と共に病室に入ると、そこは淡いブルーで統一された快適な個室で、中央の清潔なベッドの上で加瀬部長が眠っていた。 「右肩の脱臼は修復済みですが、念のため固定されています。右脚は、足首の少し上が骨折しています。おそらく、体を支えようと踏ん張ったものの、衝撃の加わる方向が悪かったのでしょう。こちらも固定済なので、安静にしていれば完治しますよ」  説明を聞きながら、郎主任はじっと部長を見詰めていた。 「検査の結果はこちらに置いておきます。間もなく目覚められると思うので、付き添っていただいてもいいですか?」  そう言われて、郎主任はハッとして看護師を振り返った。 「あ、はい…」 「目覚めたら、痛みだすかもしれません。痛みや熱の症状を訴えられるようなら、すぐにそこのナースコールでお知らせください」  笑顔が爽やかな男性看護師は、そう言って病室から出て行った。  入れ替わりにドアがノックされ、郎主任が目をやるとそこには能見主任が顔を覗かせていた。 「どう?」  気遣って、言葉少なく静かに声を掛ける能見主任を、郎主任は病室内に招き入れた。 「意識不明だったのは、軽い脳震盪で問題は無いようです。間もなく目覚めるだろうということなので、付き添うように言われました」 「なら、そうしてやって。クライアントの方は、全員が問診と検査と、必要に応じて治療も終わった。警察の事情聴取も形式的なもので問題は無さそうだ。今のところウチの社にクレームつけてくる人はいない。ここの治療費や保険の事なんかはまとめて総務に提出してもらうように手配した。後で総務の誰かが来てくれるらしい」  適切な能見主任の対応に、郎主任は感謝した。本来なら、それも全て郎主任1人でするところだったのだ。 「今、アンディが診察と検査に行ってる。クライアントの事情聴取も、もう終わるから、俺と白志蘭とでクライアントをホテルに案内する」 「ありがとうございます。能見さんに来ていただいて、本当に助かりました」  そう言って郎主任が頭を下げると、能見主任は笑って、ポンと腕を叩いた。 「お互い様だろっ。それより、今度のイベントに、加瀬部長がいないと格好がつかないぞ。しっかり看病してやってくれ」  上司である加瀬部長を認めてはいるものの、年上の気安さで能見主任は加瀬部長を後輩扱いする。そんな面倒見の良さも、能見主任の人気の秘密でもある。 「先ほど連絡があり、うちの石一海がクライアントの荷物を持ってホテルに向かったようです。荷物の確認もあるし、人手が必要なら誰かホテルに行かせますか?」  郎主任が確かめると、能見主任はちょっと考えてから、答えた。 「こっちが加瀬さんだけで、郎くんに任せられるなら、アンディも連れて行くよ。石くんがホテルで待っているなら、他に白志蘭とアンディがいればいいだろう。郎くんの5班の人間ばっかりで申し訳ないけどさ」 「こんな時に、所属なんて関係ありません。彼らもよく分かっているので、よろしくお願いします」  こうやって部下のために頭が下げられる郎主任は、希少な中国人上司だな、と能見主任は思う。それだけ日本的な習慣を身に着けたともいえるが、それだけではないだろう。 「イイ子だな、お前は」 「は?」  よく分からないことを言って、その先は笑って答えない能見主任を、郎主任は困ったように見つめた。 「じゃあ、オフィスには、俺からついでに連絡しておくから、その後の報告は入れてくれよ」 「了解いたしました」  能見主任は、チラッとベッドの加瀬部長に目をやり、穏やかな眼差しを送ると、病室を後にした。  残されたのは、眠ったままの加瀬志津真と、その恋人である郎威軍の2人だけだった。

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