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第12話

 翌朝、目が覚めると、志津真はベッドに独りきりに取り残され、ちょっとガッカリしていた。  ふと横を見ると、枕が少しへこんでいて、先ほどまで誰かが寝ていた痕がある。  本当に、威軍が隣で眠ってくれたのだと分かり、志津真の顔が緩んだ。  固くテーピングされた右肩を、そっと動かしてみると、痛みはすっかり軽減されていた。昨夜、威軍がやや強引に飲ませた薬が効いたのかと、志津真はますます笑えて来る。 「何が可笑(おか)しいんですか?」  朝からベッドの上でニヤニヤしている恋人に、ちょうど寝室を開けた威軍が、気味悪そうに言った。 「いや、肩はほとんど治ってるな~と思って」 「痛みが無くなったんですね。でも、まだ無理はしないで下さい」  ニッコリした威軍が寝室に入って来ると、すでに出勤の仕度(したく)を済ませていた。昨日のダークブルーのスーツとは違い、光沢のあるグレイのスーツを着て、ネクタイさえも深い臙脂(えんじ)色に細いゴールドのストライプが入った、志津真には見慣れないものに変わっている。  身に着けるものが、モノトーンかブルー系が多い威軍にしては、珍しい赤系のネクタイが志津真には気になった。けれど、上品な赤味のハイブランド風のネクタイは、若々しく美しい威軍によく似合った。 「ええネクタイしてるやん」  起き上がりながら志津真が言うと、威軍は意味ありげに微笑み、思わせぶりに言った。 「ある男性からのプレゼントなんです」 「え?」  一瞬、志津真は自分がプレゼントしたものだったかと記憶を巡らせたが、全く覚えが無かった。 「クライアント?」  不服そうに志津真が訊ねると、意地悪い威軍は素知らぬ顔をして答える。 「まさか。プライベートな関係です」  驚いた志津真が言葉を失うと、何事も無かったかのように威軍は志津真に手を貸した。 「プライベートって、お父さんとかやろ?」  威軍の冗談なんかは気にしないと言った態度で、志津真が笑いながら威軍に問い(ただ)すが、威軍は澄ましている。 「父が、こんなに高級で趣味の良いものなんて、買うわけがありません」  志津真は、自分の知らない男が、自分の大事な郎威軍に「高級で趣味の良い」プレゼントを贈った、などということが認められなかった。 「なあ、誰~?誰からのプレゼントなん?」 「誰でしょうね」 「うわ~、なんで朝からそんな意地悪なん!」  (わめ)く志津真をバスルームに残し、威軍は朝食を取りにキッチンに向かった。  残された志津真は、1人モヤモヤしていた。 (ん~?あ!チームのメンバーやろ!アンディとか石一海くんとか?)  郎主任が率いる第5班の「男性」を思い浮かべてみるが、どうもあの2人があんなプレゼントをするというのがピンと来ない。 (あんなに「高級で趣味の良い」ネクタイやで?どんなヤツが選ぶ?)  考えすぎて頭を抱える志津真を、威軍が迎えに来る。 「いつまでバスルームにいる気ですか?一緒に朝食を食べましょう。片付けてから出勤するので」  いつもと変わらない威軍が、なんとなく志津真には恨めしい。普段通りの態度だが、その実、自分に秘密を持っているのだと落ち着かない。 「なあ、何でも言うこと聞くし、今日もイイ子にして留守番するから~」  我慢できなくなった志津真は、子供のように駄々をこねた。 「なんの話です?」  キョトンとした威軍に、恨めしそうな視線を送る志津真だったが、威軍は何の反応も示さない。 「どうします?朝食は、寝室まで運びましょうか?」 「……」  相手にされず、すっかり拗ねてしまった志津真は、威軍の補助を拒み、ひとり松葉杖で、せっせとリビングに向かった。  相変わらず大人げのない志津真に、威軍は苦笑する。 (嫉妬?バカな人だな)  いつでも手が出せる距離に立って、威軍は志津真に付き添うようにバスルームを離れた。そのままゆっくりと寄り添いながら、寝室を出てリビングに向かう。 「ソファーに座りますか?それともダイニングテーブルまで歩けますか?」  威軍が声を掛けても、志津真は無言のまま、真っ直ぐダイニングテーブルに向かった。 「はい、どうぞ」  威軍がダイニングテーブルの椅子を引くと、また何も言わずに志津真が腰を下ろした。その手から松葉杖を受け取り、威軍は傍に置き、そのままキッチンに戻った。  次に威軍が出てきた時には、両手にお碗を持っていた。中は湯気が立つ海鮮粥だ。  ハイセンスな繁華街である淮海路(ワイハイ・ロード)にある、志津真の服務式公寓(サービスアパートメント)だが、横道を入り、裏通りへ行くと、まだまだローカルな朝食店もある。その中の一軒の海鮮粥が、志津真の好物だった。  志津真より早く起きて、威軍はわざわざその海鮮粥を買って来たのだ。  ひと口食べて、自分の好きな海鮮粥だと分かり、威軍がそこまで細やかに気遣いをしてくれたことに気付いた志津真は、拗ねた自分が気まずくなる。 「野菜マントウもありますから、お昼にお腹が空いたら、温めて食べて下さい」  しかも、すぐに売り切れることで有名な、美味しい野菜マントウまで買ってあるという心遣いに、申し訳無ささえ感じた。 「アホみたいやなっていうのは分かってる。けど…、俺の恋人が、俺に内緒で他の男からプレゼント貰った、なんてイヤや」  ムスッとそう言って、志津真は黙々と海鮮粥を食べ始めた。 「分かりますよ。私だって同じですから」  穏やかに威軍が言うと、志津真はエッと目を上げた。 「私だって、恋人が私以外の人間から何か贈り物をされて、それを私に黙っていたら、きっと嫉妬します」  聡明な威軍は、明瞭に自分の気持ちを打ち明ける。 「俺はそんな…」  志津真の言い訳を、威軍はその眼で制した。 「このネクタイは、あなたに貰ったんですよ」  威軍の意外な言葉に、志津真は驚いた。  覚えのない志津真は、驚いて目を見張っている。 「俺、そんなん買った覚えない…」  ボンヤリとした口調で言う志津真に、威軍は笑って応えた。だがそれはほんの少し、悲しそうに見えた。 「これは、あなたが誰かに貰ったものですよ。それを忘れてしまいこんで、私が見つけた時に、捨ててもいいって言ったんです。覚えていませんか?」  そこまで言われ、志津真は何かが引っかかった。  言われてみると、そんなことがあったような気がする。 「ソレって…、アレか…」  だんだん思い出した志津真は、気恥ずかしくなってきた。 「川村が、退職する時にくれたヤツか…」

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