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第17話

 金曜日は、本格的なオープニングセレモニーがある。  地方都市の紹介だけあって、午前中は北海道を含む関東・東北の、午後からは沖縄を含む関西以西の、各地のお祭りや民謡などが披露されるステージが設けられていた。  また、この日からは一般の参加者も入場できるため、先着者にはプレゼントも用意される。  そのせいで、人員整理が大変なのだが、そちらは主催者サイドの担当なので、桜花企画活動公司(サクラ・イベントオフィス)のスタッフは、基本的に待機人員の扱いで余裕が出来る。  その余裕に乗じて、お気に入りのブースで試食したり、旅行会社のゲームに参加したり、客寄せの「サクラ」と言えないことも無いのだが、それなりに楽しんでしまうのが営業第5班のメンバーだった。  このお気楽なメンバーを統率しているのが、あの生真面目で、感情を見せない「人造人」の(ラン)主任とは、いささか信じがたいのだが、それはそれで上手く行っていて、加瀬(かせ)営業部長は安心している。  今日も主催者ブースの隣のスタッフ待機所用のブースに車椅子で現れた加瀬部長に、顔見知りが次々と挨拶に来る。 「おはようございます、加瀬さん。事故ですって?」 「いやいや。ご心配おかけします」 「ああ、加瀬さん、先日はどうも。お加減はいかがです?」 「ありがとうございます。ご心配おかけして恐縮です」 「加瀬さん!久しぶりですね~。どうしたの、その車椅子?」 「いやいや、聞いてません?高速の事故。いや~もう~」  その隣で、百瀬たちが運んでくる試供品やゲームの景品などを、なぜか預かり管理することになった郎主任は、黙って何やら資料を作っていた。 「あら、加瀬部長。こちらにいらしたの?」  とある企業の女社長が部長を見つけて近付いて来た。どうやら会場内を探し回っていたらしい。 「お聞きしたわよ、事故のこと。ご不自由なさってるんじゃない?」  誰も勧めていないのに、女社長は車椅子の前に椅子を置き、当然のように座り込んだ。 「ちゃんと、お食事とかなさってる?」  キラリと郎主任の視線が走った。  女社長は話の勢いの振りをして、何気(なにげ)に車椅子に座る加瀬部長の膝に手を置いたのだ。 「あなたほどの方なら、お世話して下さる方も、たくさんいらっしゃるんでしょうけど、何でしたら私もお役に立ちますわよ」  威軍はチラリと部長の反応を窺った。どう答えるのか、興味があった。 「いや~、ご心配いただいてありがとうございます。社長自らそんなことを言っていただいて申し訳ないですね~。でも、充分に手は足りてますんで」  ニコニコと、お得意の人の良い笑顔と優しい声で応えるが、女社長の申し出は断った。 「骨折でしょう?お風呂とか、困ってらっしゃらない?」  下心も(あら)わに、女社長はグッと身を乗り出して、部長に近付く。そして耳元でヒソヒソと何かを囁き始めた。  顔色一つ変えず、無表情のままの郎主任であったが、内心は当然穏やかではない。 「部長、経産省の窪坂(くぼさか)さんがご挨拶にお越しです」  そこへ女社長よりも若く、美しく、有能そうな白志蘭(バイ・チーラン)が現れた。彼女を見据える女社長の目に、明らかな敵意が見える。 「ああ、ここまで来てもらってエエかな?」 「はい」  志蘭のモデルのようにスタイルの良い後姿を、憎々し気に睨んでいた女社長だったが、ふと隅の方で作業をしていた郎主任に目を止めた。 「あら…こちら?」  部長への関心を失った女社長は会釈の1つも無しに立ち上がり、嬉々として郎主任に近付いて来た。 「初めてお会いするわよね。あなたもサクラ・オフィスの方?」  立ち上がって挨拶をしようとした郎主任の肩に、立ったままの姿勢で上から女社長は手を乗せた。これでは手を払わない限り立ち上がれず、このような状況に慣れない威軍は一瞬戸惑ってしまう。 「以前にお会いしていたら、こんなハンサム忘れるはずが無いもの」  にこやかな社長を不快にさせるわけにもいかず、郎主任はスーツの内ポケットから名刺入れを取り出した。それに気付いた女社長も、ようやく主任を逃すまいと肩を押さえつけていた手を外した。その瞬間に郎主任は立ち上がり、名刺を取り出し、女社長に差し出しながら深々と頭を下げた。 「営業部第5班主任の郎威軍と申します」 「まあ、イケメンな上に身長も高くて、スタイルも抜群なのね。まるでモデルか俳優みたいだわ」  女社長は、先ほどまで部長に向けていたのと同じ視線で主任を見た。それに気付いて、今度は部長が落ち着かなくなる番だ。 「ねえ、今度2人だけでお食事でもどう?」 「申し訳ございません。クライアントとはプライベートでお会いすることは許されておりませんので、お受けできかねます」  丁寧に頭を下げ、いかにも優等生的な返事をして、主任は淡々としている。  それでも、女社長は諦めないのか、笑いながら主任の腕に触れてくる。  少し離れたところからそれを見ていた部長の目が険しくなった。 「おう!加瀬くん、久しぶり」  そこへ現れたのは、かつて加瀬部長が経産省の官僚で、上海領事館に出向していた時の先輩・窪坂(くぼさか)だった。窪坂は今でも経産省にいるが、勤務は東京の本省に戻っている。今回はこのイベントのために、懐かしい上海へ出張に来たのだ。 「ああ、窪坂さん!…ちょっと、郎主任、エエかな?」  このタイミングだとばかりに、慌てて部長は主任を呼びつけ、女社長から引き離した。 「はい。…では、失礼します」  助かったと思ったのは郎主任で、急いで上司の下に駆け付けた。不満そうな女社長だったが、今度は白志蘭と話しているアンディ・ユーに目を付け、スタッフブースを出て行った。

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