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第19話

 土日は、一般入場者で盛況だった。  桜花企画活動公司(サクラ・イベントオフィス)営業部第5班による客寄せの必要は無くなったのだが、抑えの利かない百瀬(ももせ)石一海(シー・イーハイ)は、あちこちのブースに顔を出しては試供品を貰ったり、試食をしたりを繰り返していた。  アンディと白志蘭(バイ・チーラン)は、イベントの盛況さやブースのおすすめポイントなどを、コツコツSNSに上げている。これもれっきとした仕事で、この書き込みを見た入場者がクライアントのブースに人が集まれば、桜花企画活動公司の営業の成果となるのだ。  それは最終日、日曜の午後のことだった。 「またイイ物を貰っちゃった~」 「クライアントのじゃないですよ~」  無駄に可愛いエコバックに、日本の銘菓や名産をいっぱいに詰めて、百瀬と石一海は、ホクホクしながら主催者ブースの横にあるスタッフ専用の待機所に戻って来た。 「ねえねえ、コレ、志蘭の好きなお菓子でしょ?」 「え~!よく手に入ったわね!ここはうちのクライアントじゃないから、一般のお客様と一緒に並んだの?」  すでに地元企業が中国進出済でブース開設のノウハウを持つ自治体などは、桜花企画活動公司のアシストを必要としない。クライアントでない以上、ブースの手伝いなどもしないため、並ばずに試供品がもらえるなどの特典も無い。 「いや~、たまたまスタッフが足りなくて困ってるトコに通りがかっちゃって~」 「市長さんの通訳の手伝いをしたら喜ばれて、試供品じゃなくて『商品』を貰いました~」  無邪気に喜ぶ百瀬と石一海に、先輩のアンディも称賛する。 「よくやった。オフィス中に配れるほどのお土産があるぞ」 「何があるって?」  そこへ、(ラン)主任に車椅子を押してもらい、会場見学をしてきた加瀬(かせ)部長が戻った。 こちらもまた、お土産用の紙袋をいくつも持っている。 「え~、部長!今ちょっと回っただけで、私たちの3日分はあるじゃないですか!」 「さすがですね、部長」  部下たちから感嘆の声を受け、部長も満足そうだ。 「今日の昼は俺が(おご)るし、デリバリー頼んでエエよ~」 「やった~!」  歓声が上がったその時だった。 「ちょっと、失礼します」  郎主任の私用電話が鳴った。  それを手にして、郎主任は部長の車椅子から離れて行く。 「主任の私用電話が鳴るって珍しいですよね」 「あの私用電話って、部長とお揃いですよね」 「ファミリープランとかってあるのかな」 「電話の相手、部長知ってるのかな」  コソコソと聞こえる部下の噂話に、部長は苦笑いするしかない。だが、電話中の郎主任を一目見て、ハッと表情が変わった。 「失礼しました…」  電話を切って、部長の傍に戻った郎主任の顔色が変わっていた。 「何かあったんですね、主任?」 「大丈夫ですか?」  心配になった部下たちがすぐに郎主任を取り囲む。 「いえ、個人的な事なので、明日の休みに片付けます」  今日はイベント最終日で、明日は郎主任の振替休日になっている。もちろん部下たちも交代で休みを取ることになっている。 「郎主任、何かあったのなら言うて」  加瀬部長が言ったそれは、優しい声で(いた)わりの言葉であったのだが、どこか上司命令にも感じた。 「実は…」  命令には逆らわない郎主任が、おずおずと口を開いた。 「実家の祖母が倒れました。今、緊急搬送されたそうです…」 「!」  主任よりも、部長や部下の方が明らかに驚いて動揺した。 「すぐに帰って下さい!」  百瀬が開口一番に叫んだ。 「い、いや…あと半日でこのイベントも終わるので…」  責任感からなのか、主任は仕事を途中で投げ出すことをせず、今日のイベント終了まで勤務し続けるつもりだと言う。 「何言ってるんです!すぐに帰るべきだ!」  日頃は温厚なアンディも、厳しい顔つきで主任に迫る。 「しかし…」  何をためらうのか、いつもは明晰な郎主任が逡巡していた。 「中秋節なんですよ!」  唐突に百瀬が叫んだ。そこに込められた意味を察した石一海が後を続ける。 「中秋節に家族に会いに行かなくてどうするんですか!」 「(いま)行って、何事も無かったとしても、家族と中秋節を祝えるんです。行くべきです」  クールな白志蘭までもが、主任の説得に関わって来た。  要するに、部下全員が郎主任の事を、郎主任の家族のことを、心から心配しているのだった。 「後の心配はいらん。みんな分かってる」  部長が言うと、4人の部下は力強く頷いた。 「部長のサポートはアンディ先輩が出来るし、後片付けも私と一海がするし、報告書は志蘭がまとめます!」  目端(めはし)の利く百瀬が役割分担まで申し出た。 「大事なお祖母(ばあ)ちゃんなんやろ?」  最後に、部長の一言が主任の背中を押した。 「ありがとうございます。お言葉に甘えます」  そう言って郎主任は、顔を歪めながら頭を下げた。 「連休中だし、先に飛行機は予約を入れた方がいい。(かえ)って直前なのでキャンセルが出ているかもしれない」  アンディの発案で、郎主任はすぐにスマホで北京行きの飛行機の座席予約を検索し始めた。 「主任!一旦、ご自宅に戻りますか?」 「いえ、このままどちらかの空港に向かいます」  北京行きの飛行機は国内線なので、基本的に上海虹橋(ホンチャオ)空港なのだが、連休のため反対方向にある上海浦東(プートン)空港の飛行機しか予約が取れないかもしれないのだ。 「一海、来て!」  主任がこのまますぐに空港へ向かうことを確認した百瀬は、自分たちが集めてきた日本の商品を持って、一海と共にバックヤードの控室に駆け込んで行く。 「念のため、水曜日までお休みにしておきますね」  白志蘭は社用のタブレットで人事管理アプリを開き、主任の休みを確保すると同時に、第5班のメンバーの休日を調整し直している。 「虹橋空港から、2時間後に出発の飛行機が取れました」 「OK!こっちも、アプリで呼んだから、あと10分でタクシーが来るよ」  主任が飛行機の予約をしている間に、アンディも少しでも早く出発できるよう、タクシーの配車アプリで手配していたのだ。  この会場から近い方の空港で何よりだった。 「とりあえず、これだけだけど!」  慌てて百瀬と一海が運んできたのは、きちんとファスナーで口が閉じられる大型のエコバッグ2つにギッシリ入った、このイベントで集めた日本製品だった。 「これは…」  戸惑う郎主任に、百瀬と一海は顔を見合わせてニッコリした。相変わらずこの2人は仲良しの仔犬のようだ。 「中秋節に、主任を手ぶらで帰省させるわけにはいかないでしょ!」  百瀬がそう言うと、一海が主任の両手にバッグを持たせた。 「手荷物、預けちゃだめですよ。今の時季、紛失しても文句言えないですからね」  まさか一海に教えられると思わず、郎主任の顔も泣き笑いのようになった。    そんな「人造人主任」とは思えぬ人間らしい反応に、部下たちもホッコリして全員が笑みを浮かべるのだった。

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