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第27話

 威軍(ウェイジュン)が持ち帰った日本製のお菓子などを食べ、両親や威軍の近況なども加えて、楽しく家族のおしゃべりをしているうちに、レストランからの昼食が届いた。 〈まあ、ここの料理は美味しいって評判なんだよ。それをわざわざ!〉  祖母は大喜びで、両親も威軍の言う通りにしてよかったと言った。  久しぶりの地元で、病院内とは言え、家族そろって昼食を食べる威軍は幸せを感じていた。 〈おばあちゃんの病気も大したことなさそうだし、本当に今年はいい中秋節となったな〉  父親がお茶を淹れながらそう言った。 〈本当にね。これで後は、威軍にいいお嫁さんが見つかったら文句なしだわ〉  祖母に、日本の地方銘菓の説明をしていた威軍の手が止まった。それに気付いた祖母が、威軍の顔をジッと見詰める。  何も答えずに、威軍は思い詰めた表情で俯いていた。  両親はそんな様子に、恥ずかしがっているのかと気にも留めず、昼食を片付けたり、果物の皮をむいたりといそいそとしている。 〈ねえ、本当にイイ人はいないの、威軍?〉 〈……〉  何も言わない威軍を、祖母だけが心配そうに見ている。 〈威軍は、鶏のカシューナッツ炒めは食べたのかい?〉  急に口を開いた祖母に、威軍は驚いたが、すぐに笑顔で答えた。 〈父さんが作ってはくれたけど、やっぱりおばあちゃんが作ってくれたのとは味が違ったよ〉 〈そりゃそうさ〉  祖母は自慢げに、そして、孫が味を覚えていてくれたことが幸せそうに微笑んだ。 〈形ばかりとは言え、台所があるんだろ?道具も揃っているのかい?〉 〈中華鍋が1つあったかな〉  威軍が面白そうに答えると、祖母は頷いて威軍の両親に声を掛けた。 〈悪いが、お前たち2人で材料を買って来ておくれ〉 〈そんな!お義母さんには無理ですよ〉  慌てて威軍の母が祖母に近寄って手を取るが、祖母は(がん)として聞かない。 〈私が台所に立てなくても、威軍に作り方を教えておくことはできるよ。いいから、2人で買い物に行っておいで。いいかい、古くて割れたような腰果(カシューナッツ)を買って来るんじゃないよ〉 〈母さんも、威軍と2人になりたいんだろう。いいさ、私たちも気分転換になる〉  そう言う父の説得で、母は威軍にくれぐれもと後の事を頼んで渋々2人して買い物に出て行った。  それを見送った威軍は、祖母と顔を見合わせ、クスクスと笑った。 〈やっと静かになって、可愛い孫とゆっくり話が出来る〉  祖母はそう言うとベッドの上で上体を起こした。気が付いた威軍も体を支え、電動ベッドの傾斜を変え、枕やクッションを背中に入れた。  祖母に快適さを確認しながら位置を固定すると、威軍もベッドの端に腰を下ろした。 〈ありがとう、威軍。こんなにしてもらって、本当に感謝しているよ〉 〈当たり前のことだから、お礼は言わないでよ、おばあちゃん〉  優しい孫の言葉に、祖母は何度も頷いた。  そして、ふいに思い出したように威軍に訊ねた。 〈お前、本当に結婚はまだ考えていないの?〉  心配している祖母の気持ちを考えると、何か言いたい威軍だが、何を言えば良いか分からず、ただ少し寂し気な笑みを浮かべた。 〈好きな人は、いるの?〉  いつまでも小さい子供であるかのように、気に掛けてくれる祖母の優しさに、威軍は嘘をつけなかった。 〈好きな人はいるよ。でも、結婚は…、今は出来ない〉  威軍に出来る精一杯の正直さで答えたが、その現実を受け止めることが自分自身でも苦しかった。  志津真のことは愛している。彼を失っては生きていけないのだと、先日の事故で思い知らされた。そんな大切な人なのに、堂々と家族として紹介出来ないことが苦しい。こんなことがいつまで続くのか、自分でも分からずに不安になる。  加瀬志津真を愛することで、喜びも大いに得た。これまで知らずにいた幸せもたくさん貰った。と、同時に、失う悲しみや苦しみ、不安も知った。  いつの間にか、郎威軍という人間の人生には、無くてはならない存在となった志津真と、これからどう向き合って生きていくのか、今、自分自身に答えを突きつけられているのだと威軍は思った。  志津真を愛し、愛されることは幸せだと思っている。それを、公表できない自分の勇気の無さが、情けなく、重苦しく胸に伸し掛かる。  家族にも言えないような恋をしている自分を、威軍は、申し訳なくさえ思っていた。  そんな威軍に気付かない祖母ではない。  ふいに祖母は、可愛い孫を抱き寄せ、誰もいないというのに声を落とし、2人だけの秘密だとでも言うように囁いた。 〈私のウェイウェイが幸せなら、誰を選んでもお祖母ちゃんは応援するよ〉  祖母の言葉に、威軍はハッとした。  どんなに隠しても、祖母には隠しきれないのだと威軍は察した。具体的な事はどこまで分かっているか威軍も知らない。けれど、祖母は確かに、威軍が両親にも言えない悩ましい恋をしていることを感じ取っているのだった。 「……」  黙り込んだ威軍に、祖母は茶目っ気たっぷりの笑顔を添えて、威軍の心に沁みるような温かい声で言った。 〈但し、おばあちゃんが、生きているうちだけだよ〉 〈!おばあちゃん、私は…〉  そんな縁起の悪い冗談は、聞きたくない威軍だった。今は唯一の理解者である祖母を、そう簡単に失いたくは無い。  動揺する威軍に、祖母は皺だらけの力の無い手を伸ばし、ゆっくりとその形の良い頭を撫でた。 〈私のウェイウェイは、賢い子だもの。間違った相手を選ぶはずが無いよ。自信を持っていいんだからね〉  まるで子供に言い聞かせるような、穏やかな声だった。その優しさに、威軍の目にも涙が浮かぶ。 〈泣くのはおよし。家族にも言えない相手を好きになったら、他で泣くことも多いだろう?ここで泣くことはないよ〉  それでも、(こらえ)え切れずに威軍は、幼い子供の頃のように祖母の胸に縋りつき、静かに肩を震わせた。

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